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<title>開運金華</title>
<link>http://joju.joju.xyz/</link>
<description><![CDATA[潜在意識を活用した開運法、運命改善法は存在します。潜在意識を活用できればどんなことでも創造し実現できることが証明されるでしょう。
潜在意識の法則
潜在意識の法則　幸せな夢を見ました
今日昼寝してたらとてもハッピーな夢を見ました、今、幸せな気分に浸ってます。
夢は潜在意識の露出です、良いものは信じてしまいましょう。
べつに、夢の自慢がしたいわけではありません、潜在意識が活動するときのキッカケのようなもんだと考えていますから、夢であろうと、現実であろうと、嬉しいときは喜びを表現しましょう。
そう、「笑う門には福来たる」ていうことわざにもあるように、喜びを表現していると、本当に嬉しい状態が現れてくるっていうことだと思います。これも開運法の極意でしょう。

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１）善いことを考えていれば善いことが起こる
２）悪いことを考えていれば悪いことが起こる
３）私たちは自分が考えている通りの者なのです
これが、マーフィー博士の潜在意識の法則の根幹と思います。（私の開運法の根幹です。偉そうに書いてみても大したものではないですけど😂）

マーフィー博士の書籍はけっこう読んでいますが、どれも基本は同じで様々な経験談を交えて丁寧に執筆されていたんだろうと思わされます。
潜在意識について詳しく、実践的に書かれています。
ただ、キリスト教系統の表現や考え方が多く書かれているため少し違和感を感じるかもしれませんが、潜在意識の力や働きを丁寧に説明しています。
信じて潜在意識を活用する方法を実行することで本当に奇跡的な効果が現れる場合があります。
本当に、みんなが幸せになれる世界になるといいですね。
これから少しずつ書いていきますから、興味のある方はぜひ読んでくださいね。
私も、マーフィー博士のような人生を送れたらな、なんて思ってます。]]></description>
<language>ja</language>
<lastBuildDate>2024-03-09T10:59:50+09:00</lastBuildDate>
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<title>呼吸法で運命を変える：ヨーガ：開運金華</title>
<link>http://joju.joju.xyz/%E3%83%A8%E3%83%BC%E3%82%AC/0012.html</link>
<description><![CDATA[呼吸法：調気法を行う姿勢
正しい姿勢は全身の力、特に上体の力が抜けている状態です。

そして、自然に背筋が伸びて、伸び伸びとしていることです。

どこにも緊張がなく、ゆったりと寛いでいる状態を保ちましょう。

自然呼吸法
自分のリズムで自然な呼吸を意識します。

意識的に呼吸すのことではなく、自然な呼吸を意識することです。

自然にしている呼吸に合わせて、吐く息、吸う息ごとに胸・腹・背中・腰の動きを感じるか、または鼻孔を意識します。

自然な呼吸を意識することによって、プラーナ・ヤーマ（調気法）になります。

腹式呼吸法
下腹部の動きを感じて呼吸します。

力を入れる流派もありますが、力を入れない方が安全です。

ヨーガ的には、プラーナ（気）を腹部まで吸入していると観想し実感することですが、初めのうちは下腹部の動きを感じる程度で良いでしょう。

実際には、腹部といっても腰や脇腹も同時に感じましょう。

風船のように膨らんだり縮んだりしている様子を感じましょう。

胸式呼吸法
腹式の要領で、胸の動きを感じて呼吸します。

実際には、胸部といっても背中や脇も同時に感じましょう。

風船のように膨らんだり縮んだりしている様子を感じましょう。

完全呼吸法
腹式呼吸と胸式呼吸を合わせて行います。

吸気の時腹の底まで息（気・プラーナ）を吸い込んでいるつもりで、先ず、腹部を前後左右に広げて息を吸い込みます。

次に、胸を前後左右に広げて息を吸い込みます。

この腹と胸の動きと感覚をスムーズになめらかに行います。

そして、呼気は胸をすぼめ息を吐き出し、腹をすぼめ息を吐き出します。

この胸と腹の動きと感覚をスムーズになめらかに行います。

プラーナの観想（イメージ）
プラーナの観想は、気体や液体、あるいは光りとしてイメージするとよいでしょう。

どんなイメージを描くにしろ綺麗で気持好い性質を付随させるように注意しましょう。

ここまでの訓練だけでも効果を実感できる人もいるはずです。

しかし、プラーナ・ヤーマの本質は息の遮断にあります。

詳しい方法はいずれ書いていくつもりですが、独習は危険が伴いますのでご自身の責任において実行してください。


調気法の具体的な方法は様々なやり方があり、指導者により内容が異なるものもあります。]]></description>
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<title>ヨーガの解脱：ヨーガ：開運金華</title>
<link>http://joju.joju.xyz/%E3%83%A8%E3%83%BC%E3%82%AC/0011.html</link>
<description><![CDATA[ヨーガの解脱

このような優れた超能力に対しても喜びの心を抱かなくなれば、全ての悪の根が絶たれて、真我独存の状態が現れる。

たとえ高級神霊から誘いを受けても、愛着と誇りを抱かないことが大切である。
さもないと再び不吉なことが起きる。

今の瞬間と、瞬間から瞬間への相続に瞑想を成せば、この分析から生れる智恵が現れる。

この智恵によって、種類、特徴、位置、等によって区別できないものでも、的確に見分けられる。

この智恵は彼岸に渡すものと呼ばれ、全てのものの全てを知ることが出来る。

心の善性と真我の清浄さが等しくなった時、真我独存の境地は現れる。

ヨーガ最高の境地
行者が深智を得て何の欲望も抱かず、あらゆる面の弁別智を知り尽したならば、法雲三昧の境地が実現する。

その時、煩悩と業は消滅(還滅)する。

全ての煩悩と業が消滅した時、一切の汚れの無くなった智恵は無辺となる。

後知るべきものは僅かである。

それによって、三グナ(自性)は目的を果したので、それらの転変の相続も完了する。

相続は瞬間瞬間と不可分に結合しているので、転変の終局に於て初めて把握される。

独存位とは、目的の無くなった三グナが自分の本源へ没し去ることであり、純粋精神である真我が自体に安住することである。]]></description>
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<title>ヨーガの瞑想３：ヨーガ：開運金華</title>
<link>http://joju.joju.xyz/%E3%83%A8%E3%83%BC%E3%82%AC/0010.html</link>
<description><![CDATA[瞑想（集中、統一、同化）の結果

瞑想の結果は、雑念にとっては霊能であるが、三昧にとっては障害と成る。

瞑想の実修によって、心を体内に縛り付けている原因が弱まり、心の運行する道筋が明らかになると、心は他人の身体に入り込める。

瞑想の実修によって、ウダーナ気(上昇気流)を支配すると、水、泥、刺、等に煩わされることがない。

サマーナ気を支配すると、身体から火焔を発することが出来る。

聴覚器官と虚空との結びつきに瞑想すれば、天耳通が得られる。

肉体と虚空の結びつきに瞑想をするか、軽い綿くづに定心を向けることによって空中を歩くことができる。

実際に身体の外で心が働いている時、それは大脱身と呼ばれる。
この時、心の障害が無くなる。

粗大な元素、それの本質、微細な元素、それの結合、及び合目的性に瞑想を成せば、元素を支配出来る。

それによって肉体が完全に成り、何物にも破壊されなく成る。

肉体の完全さとは、美しさ、優雅、強力、金剛不壊の強靱さである。

感覚器官の把握作用、それらの本質、自我意識、それの結合、合目的性などに瞑想を成せば、感官を支配する。

それによって意のように早い運動、感官を離れてものを知り、世界の根源を支配する力が発現する。

心と真我の相違を純粋に自覚している人は、全存在に対する支配権と全智を得る。]]></description>
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<title>ヨーガの瞑想２：ヨーガ：開運金華</title>
<link>http://joju.joju.xyz/%E3%83%A8%E3%83%BC%E3%82%AC/0009.html</link>
<description><![CDATA[ヨーガを成就するための、瞑想（集中、統一、同化）の対象

三種（原因、条件、結果（因、縁、果））の転変に対して瞑想することによって、過去と未来に関する知が生れる。

言葉と、言葉の表すものと、言葉の意味を混同するために混乱するのであるから、これらの違いに瞑想することによって、あらゆる生き物の声の意味が解る。

瞑想によって、行(潜在記憶)を直感すれば、前世のことが解る。

瞑想によって、他人の想念を直感すれば、他人の心の動きを知る。

その知識は、想念の対象まで含まれていない、この知識は想念だけにとどまる。

自分の肉体に対して瞑想することによって、その身体は誰にも見えなくなる。

自分の業に対して瞑想することによって、自分の死期を知ることが出来る。

慈(善意)等の感情を瞑想することによって、様々な力を発揮出来る。

象などの力を瞑想することによって、それらの力に等しい力が発揮出来る。

内なる光に瞑想することによって、どんな微細なものでも、隠れているものでも知ることが出来る。

太陽に対して瞑想することによって、宇宙を知る。

月に対して瞑想することによって、星の位置を知る。

北極星に瞑想することによって、全ての星の運行を知る。

臍輪に瞑想することによって、体内の組織を知る。

喉の窪みに瞑想することによって、飢えと渇きを消すことが出来る。

喉の下にある亀の管に瞑想することによって、忍耐力(坐の不動)が得られる。

脳天の光に瞑想することによって、神人達を見ることが出来る。

照明智によって、全てを知ることが出来る。

心臓に瞑想することによって、心を意識できる。

想念を捨てて、純粋に真我に対して瞑想することによって、真我の智が現れる。

真我への瞑想から、照明智、超越した聴覚、触覚、視覚、味覚、臭覚、が生れる。]]></description>
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<title>ヨーガの瞑想：ヨーガ：開運金華</title>
<link>http://joju.joju.xyz/%E3%83%A8%E3%83%BC%E3%82%AC/0008.html</link>
<description><![CDATA[ヨーガを成就する、瞑想（集中、統一、同化）

凝念（集中）とは、心を特定の場所に縛り付けておくことである。

靜慮（統一）とは、特定の場所を対象とする想念が一筋に伸びていくことである。

三昧（同化）とは、その思念する客体ばかりに成り、自体を無くしてしまったように成った状態のことである。

凝念（集中）、靜慮（統一）、三昧（同化）は同一の対象に対して実修されるので、総称して綜制（瞑想）と呼ばれる。

綜制（瞑想）に成功した時に、真智が輝き出る。

綜制（瞑想）の実修は、段階を追って行いなさい。

綜制（瞑想）の三部門は、それまでの部門に比べて、内的である。

しかし、無種子三昧にとっては、外的部門にすぎない。

ここでは、凝念（集中）、靜慮（統一）、三昧（同化）という 三つの階梯を一つに説明します。
この三つの違いを明確に説明できるだけの経験が私にはないということと、分ける必要もないように感じるからです。


ヨーガを成就する、心の転変

雑念をとめる想念が現れ、雑念をとめる瞬間の意識と心が合一（同化）していれば、止滅転変と言う。

心の静止が持続するのは、止滅の行が原因である。

あらゆる対象に惹かれること無く、心の専念状態が現れるのを三昧転変という。

今消えた想念と、次の瞬間の想念が同じであるのを、心の専念転変という。

以上の解説で、物質と感覚に関する現象と時間と様態の転変も説明されたのである。]]></description>
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<title>ヨーガの制感（感覚制御）：ヨーガ：開運金華</title>
<link>http://joju.joju.xyz/%E3%83%A8%E3%83%BC%E3%82%AC/0007.html</link>
<description><![CDATA[ヨーガを成就する、制感（プラティヤーハーラ・内向）
制感とは、感官が、それぞれの対象から離れ、心を対象とするように成った状態である。

制感を実修することによって、全ての感覚器官に、最高の従順さが生れる。


この辺からは本当に難しい実修になってきます。

外向きの感覚器官を内側に向け直して精神統一していく実修になってきます。

本来感覚器官は外側を認識するようにできているためとても大変な訓練になる可能性があります。

人によってはいとも簡単に達成している人もいるようですが、私には難しく感じました。

また、感覚を内側に向けると簡単に言っても、内側に感覚を向ける対象がなければできないことになります。

その対象もヨーガではきちんと説かれています。]]></description>
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<title>ヨーガの調気法（呼吸法）：ヨーガ：開運金華</title>
<link>http://joju.joju.xyz/%E3%83%A8%E3%83%BC%E3%82%AC/0006.html</link>
<description><![CDATA[ヨーガを成就する、呼吸法（調気法：プラーナ・ヤーマ）

坐法が調ったら、調気を行う、呼気と吸気の流れを断ち切ることである。

調気は、外部的、内部的、静止的な働きなら成り、空間、時間、数によって測定される。

細く長くせよ。

内外の対象を排除したものが第四の調気である。

調気の実修によって、心を覆っていた煩悩が消滅する。

心が集中統一に耐えられるように成る。


ヨーガの呼吸法（調気法：プラーナ・ヤーマ）と他の呼吸法の大きな違いは、ヨーガの場合は呼吸を停止することに主眼を置いています。

吸い込んだ息を止める法と、吐ききって止める法と、自然な止息とが説かれています。

心の状態と呼吸が同調していることは他の方法でもよく言われていますが、呼吸の完全停止状態こそ心不動の状態だと言い切っているのはヨーガだけではないでしょうか。
私が知らないだけかもしれません。]]></description>
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<title>ヨーガの坐法：ヨーガ：開運金華</title>
<link>http://joju.joju.xyz/%E3%83%A8%E3%83%BC%E3%82%AC/0005.html</link>
<description><![CDATA[ヨーガを成就する、坐法（アーサナ）

坐法は、安定した、一番楽な坐り方をしなさい。

坐法は、力を抜いて楽にして、心を無辺なるものへ合一させることによって成功する。

坐法の成功によって行者は、寒熱、苦楽等どの様な相対的状況によっても悩まされることはない。


仏教では坐法は結跏趺坐くらいしか言及されていませんが、ヨーガでいう坐法（アーサナ）は体操的な身体の動きと静止の鍛錬を含んでいて瞑想の実修者には非常に効果のある実修法になっています。

これらのアーサナだけでも健康を得る効果は絶大で少し前までは、ヨーガといえばアーサナ＝ヨーガと思われていた時代もあります。

ですが、ヨーガにおいて坐法を安定させるのには目的があります。
それは、瞑想を極めるための前段階といえます。

少し工夫をすれば、坐法（アーサナ）そのものが深い瞑想状態に誘導する効果を持っているものもあります。
目的を理解して実践しましょう。]]></description>
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<title>ヨーガのやるべきこと：ヨーガ：開運金華</title>
<link>http://joju.joju.xyz/%E3%83%A8%E3%83%BC%E3%82%AC/0004.html</link>
<description><![CDATA[ヨーガを成就するために、やるべきこと（勧戒）

勧戒とは、清浄、知足、苦行、読誦、自在神祈念、である。

否定的想念に気付いた時は、すぐに反対の肯定的想念を念想せよ。

否定的想念は、全て苦と無知とを際限なくもたらすものであることを念想せよ。

清浄の戒行に徹したなら、自他の肉体に嫌悪の情を抱き、他人の身体に触れなくなる。

さらに心の安定、喜び、集中力、直感力が現れる。

知足の戒行に徹したなら、無常の幸福が得られる。

苦行の戒行に徹したなら、心身の不浄が消え、身体と感官の超自然力が発揮される。

読誦(真言念誦)の戒行に徹したなら、自分の希望する神霊に会うことが出来る。

自在神祈念(信頼、献身、愛)の戒行に徹したなら、三昧に成功する。


最初に書いた否定的想念に気付いたときは、すぐに反対の肯定的想念を念想せよ。
というのは、現代の成功哲学に通じる潜在意識の法則的な内容になっていて非常に興味深いと思います。

やはり古代から潜在意識の法則的なことは伝わっているということでしょう。]]></description>
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<title>ヨーガのやってはいけないこと：ヨーガ：開運金華</title>
<link>http://joju.joju.xyz/%E3%83%A8%E3%83%BC%E3%82%AC/0003.html</link>
<description><![CDATA[ヨーガを成就するために、やってはいけないこと（禁戒）

禁戒とは、非暴力、正直、不盗、禁欲、不貪、である。

どんな状態においても禁戒が守られるとき、大誓戒と呼ばれる。

非暴力の戒行に徹したなら、その人のそばでは全てのものが敵意を捨てる。

正直の戒行に徹したなら、その言うとおりの行為と結果が実現する。

不盗の戒行に徹したなら、求めずして、あらゆる財宝が集って来る。

禁欲の戒行に徹したなら、強力な精力を得る。

不貪の戒行に徹したなら、不動心を得、転生の有様を正しく知る。


非暴力に徹すれば毒虫や猛獣、悪人等もその人を害することがないといわれています。

正直に徹すればその人の言葉に従って現実のものになる。つまり、強力な実現力を得るといわれています。

不盗に徹すればその人に必要なものはどんな財宝でも集まってくるといわれています。

禁欲に徹すればその精力がクンダリニーの炎となって上昇しその人を超人にするといわれています。

不貪に徹すれば心が安定し正しい修行の道を進み続けることができるといわれています。]]></description>
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<title>ヨーガの教典：ヨーガ・スートラ：ヨーガ：開運金華</title>
<link>http://joju.joju.xyz/%E3%83%A8%E3%83%BC%E3%82%AC/0002.html</link>
<description><![CDATA[ヨーガとは心の作用を止滅することである。

心の作用が止滅されてしまった時には、見る者である真我は、それ本来の状態に止まる。

その他の場合に合っては、真我は、心の色々な作用に同化している。

ヨーガ・スートラにおける心の作用とは
心の作用とは、正知識、錯覚、思考、睡眠、記憶の五種類である。

正知識とは、直接経験による知識、推理による知識、聖教に基づく知識の三種である。

錯覚とは、対象の実体に基づいていない不正な知覚のことである。

思考とは、言葉の上だけの知識に基づいていて、客観的対象の無いものである。

睡眠とは、空無を対象とする心の作用のことである。

記憶とは、過去に経験した対象が失われていないことである。

ヨーガ・スートラの修習(実修)と離欲
心の様々な作用は、修習(実修)と離欲によって止滅する。

修習とは、心の流れの静止をもたらそうとする努力のことで、長時にわたり、休むこと無く、真剣に実行されるならば、堅固な基礎を持ったものになる。

離欲とは、見たり、聴いたりした対象の全てに対して無欲になった人が抱く、自覚である。

離欲の最高のものは、真我についての真智を得た人が抱くものであって、三徳そのものに対する愛着からさえも離れることである。

ヨーガ・スートラで説く三昧とは
熟慮、検討、歓喜、自我意識を伴っている三昧は、有想三昧と呼ばれる。

無想三昧とは、心の作用の静止へ導く観念の実修の結果として、潜在記憶だけが残っている状態である。

神霊たちと、自性に没入した人々には自然発生的な無想三昧がある。

ヨーガ行者たちの無想三昧は、信念(信仰)、努力、念想(記憶)、三昧、智恵を手段として得られる。

解脱を求める強い情熱を持つ行者には、無想三昧の完成は早い。

強い情熱という中にも温和、中位、破格の差があり、それに応じて完成の早さも違う。

ヨーガ・スートラの定
心が静止したら、心は真我、認識器官、認識対象のどれかに止まって、それに染まる。

これが定(三昧、同化)である 定の中で、言葉とその示す対象とそれに関する知識が有るものは有尋定と呼ばれる。

記憶が浄化されると、意識が無くなったようになり、対象だけが輝きだす、これが無尋定と呼ばれる定である。

この二つの定に基づいて、微妙な対象に関係する有伺定と無伺定は説明される。

微妙な対象とは、対象として存在しなくなり、何も定義できないものに至る。

これが有種子三昧である。

無伺定が純粋になった時、内面的清澄が生じて、真理のみを保持する智恵が生れる。

この智恵から生れる行は、他の行の発現を妨げる性質を持つ。

最後に、この真智をも止めてしまった時、一切の作用が止ってしまうから、無種子三昧が実現する。

ヨーガ・スートラの実修法（自在神祈念）
自在神への祈念(信頼、献身、愛)によっても、無想三昧に近づくことが出来る。

自在神とは、煩悩(想念)、行為、結果、記憶などによって汚されていない特別な真我で、一切種子の中の最高のものが備わっている。

自在神は時間を超えているから、太古の導師達にとっても導師なのである。

その、自在神を言葉で表したのが、聖音「オーム」である。

修行者は、この音を反復誦唱し、この音が表す自在神を念想せよ。

この実修によって、内観の力を得、あらゆる障害を無くすることが出来る。

ヨーガに対する障害
ヨーガに対する障害とは、あらゆる心の散動状態とその原因である。

苦悩、不満、手足の震え、荒い息遣い等が心の散動状態に伴って起る。

ヨーガ・スートラの実修法（心の散動を対治する方法）
心の散動を対治するには、ある一つの事柄を対象として、繰返しこれに思念を集中させなさい。

慈(善意)、悲(同情)、喜(感謝)、捨(無関心)は、他人の幸、不幸、善行、悪行を対象として抱く感情であるが、これらの感情を念想することから、心の清澄が生ずる。

息を出す法と息を止めておく法とによっても、心の清澄が得られる。

特定の対象を持った感覚が発現したなら、それは心を否応なく不動にする。

憂いを離れ、白光を帯びた感覚が発現すれば、心を否応なく不動にする。

対象に対する欲心を離れた聖者の心を思念することも、心を否応なく不動にする。

夢や熟睡の中で得た経験を対象とする念想も、心の不動な状態をもたらす。

自分の好きなものを念想することによっても、心は不動になる。

心が不動になった人には、全てのものに対する支配力が生ずる。

ヨーガの浄化法（行事ヨーガ）
苦行(禁欲)、読誦(真言念誦)、自在神祈念(信頼、献身、愛)を浄化法(行事ヨーガ)という。

浄化法は、煩悩の力を弱め、三昧を実現する。

ヨーガ・スートラでいう煩悩とは
煩悩には、無明、我想、執着、憎悪、生命欲がある。

無明はその他の煩悩の田地である。

無明とは、無常、苦、非我、不浄であるものを、定、楽、我、浄と見ることである。

我想とは、真我と心を同一視することである。

執着とは、快楽に囚われた感情である。

憎悪とは、苦に囚われた感情である。

生命欲は、賢明な人にもある。

ヨーガの煩悩を除去する方法
煩悩は、潜在している間は、心の逆転変(本源に向うこと)によって除去することが出来る。

既に現れている煩悩は、定慮によって除去することが出来る。

ヨーガ・スートラがいう除去するべきもの
修行者にとっては、存在の全てが苦であり、修行によって除去するものは未来の苦である。

見るものと見られるものとの結合こそが、除去する苦の原因である。

見られるものは、真我の経験と解脱とをその目的としている。

両者の結合の原因は無明である。

無明が無くなれば、結合もなくなる。

これが除去であり、見るものの独存位である。

ヨーガの智慧は弁別智
除去の手段は、純粋な弁別智(識別智)である。

弁別智を得たものには、最高の真智(解脱知見)が生れる。

ヨーガの実修によって、心の汚れが消え、智恵の光が増し、弁別智が現れる。]]></description>
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<title>ヨーガとは心を止滅することだった：ヨーガ：開運金華</title>
<link>http://joju.joju.xyz/%E3%83%A8%E3%83%BC%E3%82%AC/0001.html</link>
<description><![CDATA[ヨーガ・スートラの大前提は心の止滅であって、非常に難しい内容になってしまうんですが、私自身レベルが高くないんで気楽に探求してみましょう。

先ず、
ヨーガとは心の作用を止滅することである。

心の様々な作用は、修習と離欲によって止滅する。

心の作用が止滅されてしまった時には、見る者である真我は、それ本来の状態に止まる。

その他の場合にあっては、真我は、心の色々な作用に同化した形をとっている。

心の作用は５種類ある。それらは煩悩性のものと、非煩悩性のものとに分けられる。

心を静止するには、一つの対象に繰り返し繰り返し心と感覚を向け続けることである。

他人の幸福を願い、不幸の無いことを願い、善行を喜び、悪行はまったく気にしない、これらの感情の実修によって心は静止する。

息を出す法と、息を止める法とによって、心は静止する。

深い眠りや夢の中での体験に心を向けることによって、心は静止する。

何でも好ましいものを思念することによって、心は静止する。

ヨーガ・スートラに受けた衝撃
私はヨーガ・スートラを初めに読んだとき衝撃を受けた。

私は心に執着していたから心の作用を止滅するということが受け入れられなかった。

今でも修行が進んでいるとは言い難いけれども、以前は全く理解できなかったと思う。

私はある時期を境に教典を読むことが（実践は・・・）好きになり、約２０年になります。

その間様々な心の変化や環境の変化を経験していますが、ヨーガ・スートラが一番好きな教典であることは変わりませんでした。

非常にシンプルで読みやすいと思っています。仏教経典群は膨大であり一生かかっても読み切れないほどの量であるのに、ヨーガ・スートラは内容は同等といってよいほど深遠でありながらシンプルにまとまっていると感じます。

どーぞヨーガの世界を堪能してください。]]></description>
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<title>手放しの法則は仏教：仏教：開運金華</title>
<link>http://joju.joju.xyz/%E4%BB%8F%E6%95%99/0014.html</link>
<description><![CDATA[手放しの法則と言われている「セドナ・メソッド」は仏教的瞑想法の一種のように感じています。
「セドナ・メソッド」の発祥まで詳しく調べたわけではありませんが、何らかの仏教的影響を受けているように思います。

特に感情の解放を主においているのは、仏教の瞑想そのものと言えると感じますし、感情や欲求の分類は違和感がありますが、翻訳の問題もあるでしょうから仏教的な感情や欲求と置き換えると私はスムーズに解放できるように感じます。

手放しの法則は心が静かになってくるのをリアルタイムに体験できる方法です。
仏教的に伝承されている方法より簡単な構成で効果的だと感じます。

宗教観を含まない分仏教の本質に近いと思います。（本来仏教は宗教観は少ない）

全てから解放されると覚りとか解脱と言われる状態になれるといいます。

まさに仏教瞑想の極致を体現できる希有な方法論だと思いますから、皆さんも「セドナ・メソッド」を試してみると良いと思います。

「今の気分は？」「今感じていることは？」
「その気持を受入れますか？」　　「はい・いいえ」
「その気持を手放しますか？」　　「はい・いいえ」
「いつ？」　　　　　　　　　　　　　　　「今」

というように自問自答していく感じですが、その時に感情や気分を自覚していることが重要です。
「はい」でも「いいえ」でも次の質問に移ります。

私が今一番多用しているのは、「疑念」「不安」「恐怖」「否定」とうの感情の解放です。
色々な方法を活用してそれなりの成果は実感できているのですが、うまく行かないものがあるので、否定的感情を手放すようにしています。

これを実行すると気持が瞬時に変化します。直ぐに否定的感情は消え始めるのを感じます。
現実が動く瞬間を感じます。]]></description>
</item>

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<title>仏陀の瞑想法：禅定（四禅定）：仏教：開運金華</title>
<link>http://joju.joju.xyz/%E4%BB%8F%E6%95%99/0013.html</link>
<description><![CDATA[独りで、結跏趺坐して坐り、身体を真っ直ぐに伸して、念を前方に集中する。（安般念）

世間に対する執着を捨て、執着を離れた心を持って住する。執着から心を浄化する。

悪意と憎しみを捨て、悪意のない心を持って住する。
愛と善意によって悪意から心を浄化する。

怠けと眠気を捨て、怠けと眠気を離れて住する。光きらめく意識を持ち、正念正智にして、怠けと眠気より心を浄化する。

妄想と後悔を捨て、妄想と後悔を離れて住する。内に静かな心があり、妄想と後悔から心を浄化する。

疑念を捨て、疑念を超えて住する。疑念なく、正しい法によって、疑念より心を浄化する。

これら五蓋煩悩が捨てられることによって、悦が生じる。悦あるものには、喜びが生じる。喜びの心あるものには、身軽安となる。軽安な身は、楽を得る。楽ある心は三昧に入る。

このように、欲望を去り、不善の法を離れて、思惟と考察がある(有尋、有伺)、欲の世界からの遠離より生ずる喜と楽とのある初禅に達して住する。

さらに、思惟、考察を静止して、内に確信あって、心専一となり、思惟もなく、考察もなくなり、三昧より生ずる喜と楽とのある第二禅に達して住する。

さらに、喜をも、離貪をも超え、捨心となって住し、正念正智あり、楽を身に受けて、まさしくこれが聖者の説いた「捨心であり、正念であり、楽住である」と、第三禅に達して住する。

さらに、楽を捨て、苦を捨て、また既に喜びと憂悩を離れているので、不苦不楽にして、捨心、正念、の清浄となる第四禅に達して住する。

仏陀の瞑想（定）とは
瞑想（定）とは
一、感官を守り、
二、正念正智にして、
三、満足を知ることによって、心を安定させることである。

感官を守る（制感）
感官を守るとは
見えるものへの、執着、好みを離れる。
聞えるものへの、執着、好みを離れる。
臭いへの、執着、好みを離れる。
味への、執着、好みを離れる。
触れるものへの、執着、好みを離れる。
意識するものへの、執着、好みを離れる。

正念正智
正念正智とは
歩きつつ、「歩いている」と知り。
立ちつつ、「立っている」と知り、
坐りつつ、「坐っている」と知り、
横になりつつ、「横になっている」と知り、
前を見つつ、「前を見ている」と知り、
後ろを見つつ、「後ろを見ている」と知り、
腕を曲げつつ、「腕を曲げている」と知り、
腕を伸しつつ、「腕を伸している」と知り、
食べつつ、「食べている」と知り、
噛みつつ、「噛んでいる」と知り、
味わいつつ、「味わっている」と知り、
大小便にも、行くにも、立つにも、坐るにも、眠るにも、覚めているときも、話すときも、黙っているときも、
その瞬間を知ることである。

満足を知る（知足）
満足を知るとは
身を包む服と、身を養うだけの食で、満足することである。

少欲知足のことで、この辺りは正に仏教といえるようなものです。
欲を否定して、離れることを説いた、仏陀の教えの難しさがうかがえる内容です。

欲求を無くすことができたら、すでに聖者の境地であるという言葉もあるほど、高い境地の者にしか無欲の教えは実践できないものでしょう。]]></description>
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<item>
<title>ありのままに観る：仏教：開運金華</title>
<link>http://joju.joju.xyz/%E4%BB%8F%E6%95%99/0012.html</link>
<description><![CDATA[色は無常（変化生滅する）であると観なさい。このように観ることを正観するという。

正観する者は必ず厭離する。厭離するものは喜貪が尽きる。 喜貪が尽きた者を心解脱するという。

同様に、受・想・行・識は無常であると観なさい。このように観ることを正観するという。

正観する者は必ず厭離する。厭離する者は必ず喜貪が尽きる。 喜貪が尽きた者を心解脱するというのである。

このように、心解脱した者は、もし自らの本性を知りたいと思えば、 自らの本性を理解することができるであろう。 そして、私の生は既に終わり、梵行は既に立ち、なすべきことを既になし、
もはや自らがこの世に転生しないことを知るのである。

色とは肉体のこと。肉体は、生じ、老い、病み、死ぬもので、すなわち無常のものである。

私達が、この肉体を常と錯覚する。しかし実際は、肉体に実体はなく、変化し続ける無常のものであり、錯覚と現実のギャップに私達は苦しむのである。

肉体は無常であるという見方は、正観であり、自己を苦しみから解放する。受とは感覚のこと、想とはイメージのこと、行とは意志のこと、識とは識別のこと。同様に、感覚、イメージ、意志、識別についても、“無常である”と正見解を持てば、自己を苦しみから解放する。

苦悩の原因を観る：ありのままに観て苦悩の生起を知る
色は苦（思い通りにならない）であると観なさい。このように観ることを正観するという。

正観する者は必ず厭離する。厭離するものは喜貪が尽きる。喜貪が尽きた者を心解脱するという。

同じように、受・想・行・識は苦であると観なさい。このように観ることを正観するという。

正観する者は必ず厭離する。厭離する者は必ず喜貪が尽きる。喜貪が尽きた者を心解脱するというのである。

このように、心解脱した者は、もし自らの本性を知りたいと思えば、自らの本性を理解することができるであろう。

そして、私の生は既に終わり、梵行は既に立ち、なすべきことを既になし、もはや自らがこの世に転生しないことを知るのである。

楽とは、自分の思い通りになる状態である。
苦とは、矛盾した状態、自分の思い通りにならない状態である。

空（夢幻のようなもの）
色は空であると観なさい。このように観ることを正観するという。

正観する者は必ず厭離する。厭離するものは喜貪が尽きる。喜貪が尽きた者を心解脱するという。

同様に、受・想・行・識は空であると観なさい。このように観ることを正観するという。

正観する者は必ず厭離する。厭離する者は必ず喜貪が尽きる。喜貪が尽きた者を心解脱するというのである。

このように、心解脱した者は、もし自らの本性を知りたいと思えば、自らの本性を理解することができるであろう。

そして、私の生は既に終わり、梵行は既に立ち、なすべきことを既になし、もはや自らがこの世に転生しないことを知るのである。

空とは、夢幻（幻影）のようなもである。実体の無いもののことである。

無常・苦・無我（非我）
全ては、無常・苦・無我（非我）なるものであるから、それを知り理解して、厭離・離貪・解脱に励みなさい。

眼（耳鼻舌身意）は無常であると、知り、見る者には、無智は消滅し、智慧が生じる。
色（声香味触法）は無常であると、知り、見る者には、無智は消滅し、智慧が生じる。
六処と六境の接触によって生じる受（感覚）（苦・楽・不苦不楽）は無常であると知り、見る者には、無智が消滅し、智慧が生じる。

無我（非我：私ではない、私のものではない）
色は無我であると観なさい。このように観ることを正観するという。

正観する者は必ず厭離する。厭離するものは喜貪が尽きる。喜貪が尽きた者を心解脱するという。

同様に、受・想・行・識は無我であると観なさい。このように観ることを正観するという。

正観する者は必ず厭離する。厭離する者は必ず喜貪が尽きる。喜貪が尽きた者を心解脱するというのである。

このように、心解脱した者は、もし自らの本性を知りたいと思えば、自らの本性を理解することができるであろう。 そして、私の生は既に終わり、梵行は既に立ち、なすべきことを既になし、もはや自らがこの世に転生しないことを知るのである。

無我・非我とは、私ではない、私のものではないということである。

---
無常・苦・空・無我の真理にしたがって、正見、正思がある。

色（受・想・行・識）において正思惟し、色は無常であるということをありのままに知りなさい。

色（受・想・行・識）において知らず、明らかにせず、断ち切らず、欲から離れないならば、苦を断ち切らず、欲から離れないならば、苦を断ち切ることはできない。

色（受・想・行・識）において知り、明らかにし、断ち切って、欲から離れるならば、必ず苦を断ち切ることができるであろう。

“知らず”とは、正しい見解がないということであり、“明らかにせず”とは、正しい思索がないということである。

正見がなく、閉塞した世界観に囚われている状態が“無智”である。

正思惟によって、世の無常、苦、空、無我を実感した状態が“智慧”である。

過去や未来の色（受・想・行・識）は無常（苦・空・無我）である、まして、現在の色（受・想・行・識）は言うまでもない。

聖なる弟子よ、このように観る者は、過去の色を顧みず、未来の色を喜ばず、 現在の色において厭離して正しく滅尽に向かおうとするのである。

色（受・想・行・識）は無常である。無常であるものは苦である。苦であるものは無我である。無我であるものは我処ではない。このように観ることを真実に正観するという。

聖なる弟子よ、このように観る者は、色を厭い、受・想・行・識を厭う。厭うからそれを願わない。願わないから解脱を得て、解脱する者には真実の智慧が生じる。そして私の生は既に終わり、梵行は既に立ち、なすべきことを既になし、もはや自らがこの世に転生しないことを知るのである。

このように観る者は、色において解脱し、受・想・行・識において解脱する。これらは生・老・病・死・憂・悲・苦・悩から解脱すると私は説くのである。

すなわち、自分の肉体・外界・自分の心は苦しみを造る以外何も無いので、そこから離れなさいと言っているのである。

仏陀や仏の弟子達はなぜ家族や家や財産を捨てて乞食をしているのだろうか。それは「欲望と愛着から逃れるため」である。

無常・苦・空・無我（非我）は現生的な法（実際に確認できる法）
今此処で誰にでも確認できる方法とは、眼（耳鼻舌身意）により色（声香味触法）を見ると、色を感知し、色に対する貪りを経験する。また、「私に色（声香味触法）に対する貪りがある」「貪りを持っている」と自ら気付くのである。
この現生的な法は、即時的で、「自分で見ろ」と示し、よく涅槃に導くものであるから、智者の知るべき法であるというのである。

凡夫は、苦なる受に触れられると、嘆き、悲しみ、声を上げて叫び、胸を打ち、心狂乱する。彼は二重の受を感じるのである。それは、身における受と、心における受とである。
また、苦なる受に触れられると、怒りを感じ、苦なる受に対して怒りを感じると、眠れる怒りの素質が彼を捉える。

また、苦なる受に触れられると、欲楽を求める。凡夫は欲楽のほかには、受苦から逃れる方途を知らないからである。欲楽を求めると、眠れる貪欲の素質が彼を捉える。

苦でも楽でもない受から、眠れる無智の素質が彼を捉えることになる。
彼は、それらの受の生起も滅尽も、その味わいも、禍も、あるいは、それからの脱出法も知らないのである。]]></description>
</item>

<item>
<title>八正道：仏教：開運金華</title>
<link>http://joju.joju.xyz/%E4%BB%8F%E6%95%99/0011.html</link>
<description><![CDATA[先ず、智慧があり、それに随い、正しい見方が生じ、それに随い、正しい思いが生じ、正しい言葉が生じ、正しい行為が生じ、正しい生き方が生じ、正しい努力が生じ、正しい専念が生じ、正しい精神集中が生じる。

欲望の対象を遠ざかり、貪りを離れ、滅し尽くして、煩悩を捨てきることによって、正見（正思・正語・正業・正命・正精進・正念・正定）を修習するのである。

正見とは
正見とは、正しい智慧によって、あるがままにこの世間に生起するものを見る者には、この世間には無というものはない。また有というものはない。

聖なる弟子は、その心の依処に執着し、こだわるところがなく、
ただ、苦が生ずれば苦が生じたと見、
苦が滅すれば苦が滅したと見て、惑わず、疑わず、他に依ることがない。

ここに智が生ずる。これが正見である。

正見（四諦・縁起の法）
正見とは、自らの身心において、苦を知り、苦の生起を知り、苦の滅尽をしり、苦の滅尽に至る道を知ることである。

無常、苦、空、非我（無我）、無我所、に基いて、正しく見て、執着と不満と妄想を離れる。
この世の苦悩を知り、その苦悩の原因を知り、苦悩の止滅を知り、正しい道を知ることである。

苦なるものを知ること、苦の生起を知ること、苦を滅することを知ること、苦の滅尽に至る道を知ることである。

四聖諦、縁起の法に基いて正しく見て正しく理解することである。
あらゆる事物を四聖諦、十二因縁の智慧によって、思惟することによって、善悪を分別し、それに従って世の中を観察することである。

正思（戒律・意密　：　四諦・縁起の法）
正思とは、迷いの世間を離れたい、悪意を離れたい、他者を害することを離れたいと、思うことである。

貪欲と、怒りと、愚痴、から離れている考えである。
迷いの世間を離れたいと思うこと、悪意を抱くことから免れたいと思うこと、他者を害することが無いようにと思うことである。執着と不満と妄想を離れる。

正語（戒律・口密）
正語とは、偽りの言葉を離れ、中傷の言葉を離れ、悪口の言葉を離れ、無駄な言葉を離れることである。

正業（戒律・身密）
正業とは、殺生を離れ、窃盗を離れ、邪淫を離れることである。

正命（出家・僧侶）
正命とは、邪な生き方を離れ、正しい出家の法を護って生きることである。

正精進（四正勤・四如意足）
正精進とは、
身口意に悪業を生じないように意志を起し、繰り返し、実行する。

身口意の悪業を断滅するように意志を起し、繰り返し、実行する。

身口意に善業を生じるように　意志を起し、繰り返し、実行する。

身口意の善業を安定するように意志を起し、繰り返し、実行する。

正念（四念処・七覚支）
正念とは、
我身において身を、熱心に気を付け、心をこめて、こまかく観察する。

我受において受を、熱心に気を付け、心をこめて、こまかく観察する。

我心において心を、熱心に気を付け、心をこめて、こまかく観察する。

我法において法を、熱心に気を付け、心をこめて、こまかく観察する。

それらによって、世間の貪りと憂いとを調伏して住する。

正念とは、身、心や法を観察して、考え深く住し、世間に対する貪欲と憂いとを制御することである。

正智とは、息の出入りにも自覚し、前後を見るにも自覚し、腕の屈伸にも自覚し、服を着るにも脱ぐにも、ものを持つにも、食べ、噛み、飲み、味わうにも、大小便にも、歩き、止まり、聞き、目覚め、語り、黙っているときも自覚していることである。
何時でも自覚し、何処でも自覚し、何をするにも自覚していることである。

此処に己を灯明とし、己を拠所として、他を拠所とせず、法を灯明とし、法を拠所として、他を拠所とせずに住せ。

正定（四禅八定・七覚支）
正定とは、
対象に心を定めながら、他のもの（欲望・不善）から離れることに喜びと楽しみを感じる、初禅を具足して住する。

対象に定めた心も静まり、内心清らかになり、心は一向になり、対象に心を定める必要がなくなり、只、三昧より生じた喜び楽しみを感じる、第二禅を具足して住する。

喜びを離れ、内心平等にして執着なく、只、念と慧があり、楽しみを感じる。第三禅を具足して住する。（捨あり、念ありて、楽住するという）

楽と苦を断じて、すでに喜びと憂いを滅しているので、不苦不楽にして、只、捨あり、念ありて、清浄である。第四禅を具足して住する。

如来住・梵住（如来の精神に安住する）
如来は、なにも考えず、なにも感じないで、心が無相の三昧に入っている時、そのようなときこそ、一番安らかである。

だから、己を洲とし、己を依処として、他人を依処とせず、法を洲とし、法を依処として、他を依処とすることなくして住するがよい。

それはどのようにするのか
我身において、熱心に、正念、正知にしてその身を観じ、貪欲より起こるこの世の憂いを調伏して住する。

我受（感覚）において、熱心に、正念、正知にしてその受を観じ、我心において、熱心に、正念、正知にしてその心を観じ、

我法において、熱心に、正念、正知にしてその法を観じ、貪欲より起こるこの世の憂いを調伏して住するのである。

煩悩の滅尽
煩悩の滅尽
滅尽の条件は、解脱である。
解脱の条件は、離貪である。
離貪の条件は、厭離である。
厭離の条件は、如実智見である。
如実智見の条件は、三昧（精神集中）である。
三昧の条件は、楽（楽しい）である。
楽の条件は、軽安（身心の安らぎ）である。
軽安の条件は、喜（喜び）である。
喜の条件は、悦（快感）である。
悦の条件は、信である。
信の条件は、苦である。

無明を余すところなく滅し尽くせば、それによってわが内に苦楽を生じる行為（言葉・意識）はなくなる。]]></description>
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<item>
<title>七覚支：仏教：開運金華</title>
<link>http://joju.joju.xyz/%E4%BB%8F%E6%95%99/0010.html</link>
<description><![CDATA[仏陀曰く「修行者が仏の説に随って解脱の修行をしようと思い立ったら、

まず、念覚分を習う。

念覚分を修め終わったら、選択分別を思惟する。その時択法覚分を習修する。

選択分別して思惟し終わったら、精進努力する精進覚分を習修するのである。

精進努力して精進覚分が終われば、歓喜が生じ、諸々の欲望を離れ喜覚分を習修する。

喜覚分が満足して身心が猗息すれば猗息覚分を習修する。

猗息覚分が満足し終わったら愛楽する。愛楽し終わって心が定まれば定覚分を習修する。

定覚分が満足し終わったら欲望は滅し、捨心が生じて、捨覚分を習修するのである。

念覚支
自分と外界について覚る。いわゆる四念処の思惟である。

四念処
四念処を実修すれば、阿羅漢の完全智が得られるか、執着が残っても、この生存には戻らない不還が得られる。

四とは何か
１）此処に身体に於いて身体を観察して、熱心に正智正念にして、世間に対する貪欲と憂いとを制御する。

２）此処に感受（楽、苦、不苦不楽）に於いて感受（楽、苦、不苦不楽）を観察して、熱心に正智正念にして、世間に対する貪欲と憂いとを制御する。

３）此処に心に於いて心を観察して、熱心に正智正念にして、世間に対する貪欲と憂いとを制御する。

４）此処に法に於いて法を観察して、熱心に正智正念にして、世間に対する貪欲と憂いとを制御する。

択法覚支
四念処を修行すれば、善法と不善法を選択分別し択法を覚る。

これは、善悪を見極めて善のみを選択して実修することらしい。

精進覚支
択法覚支によって善法不善法の分別を思惟し、不善法を断じ、善法を養生する。
いわゆる四正断である。

四正勤（断断、律儀断、随護断、修断）　不善を断ち　善を起す
１）断断。すでに生じている悪（貪・瞋・痴）を滅する努力
２）律儀断。新たな悪（貪・瞋・痴）を生じないようにする努力
３）修断。未だ生じていない善（不貪・不瞋・不痴）を生じさせる努力
４　随護断。すでに生じている善（不貪・不瞋・不痴）を増大させる努力

喜覚支
四正断によって歓喜が生じ、喜びを覚る。

軽安覚支
喜覚支を覚れば、身の安楽（快感）と心の安楽（快感）が生じる。身の安楽を修し、心の安楽を修す。

定覚支
軽安覚支によって、心定まって「安楽」が生じ、定覚支を修行する。
いわゆる四禅を思惟する。

善い行いと考えに没頭するように、心を訓練することである。
感官を守り正念正智にして満足を知り、心を安定させること、執着と不満と妄想の無自覚を離れる。あらゆる欲望を離れ、あらゆる善くないことを離れ、まだ対象に心を引かれながらも、それから離れることに喜びと楽しみを感じる状態に到達する。これを初禅を実現して住するという。

だが、やがて、その対象に引かれる心も静まり、想いは清らかにして心は統一して、何物にも心を引かれることなく、只三昧より生じた喜びと楽しみのみ状態に至る。これを第二禅を実現して住するという。

さらに、その喜びをも離れ、内心平等にして執着無く、只念があり、智恵があり、楽しみがあるのみの状態に至る。これを、聖者達は、捨あり、念ありて、楽住するという。これを第三禅を実現して住するという。

さらにまた、楽をも苦をも断ずる。先に、既に喜びも憂いも滅したのであるから、今や、不苦、不楽にして、只、捨あり、念ありて、清浄なる状態に至る。これを第四禅を実現して住するというのである

捨覚支
定覚支が満足して、欲望を滅し、断界、無欲界、滅界に心をとどめる。

平等に、全てを平等に見て執着しないこと、自分も他人も平等、生も死も平等らしいです。

七覚支とは解脱への道筋の七段階である
先ず、「四念処」を思惟して本当の悪とは何か、本当の善とは何かを理解する（念覚支）。

次に、善悪を分別（択法覚支）する。

分別したら悪を捨て、善を取ることに努力をする（精進覚支）。

そして、悪を捨てたことに喜びを感ずる（喜覚支）。

悪不善の法を捨てることによって、楽が生じ心が安定する（軽安覚支）。

心が安定することによって精神が統一される（定覚支）。

あとは欲悪不善の法を捨て（捨覚支）、再び汚されないようにする。これが解脱の道筋である。]]></description>
</item>

<item>
<title>五根 五力：仏教：開運金華</title>
<link>http://joju.joju.xyz/%E4%BB%8F%E6%95%99/0009.html</link>
<description><![CDATA[五根・五力とは五つの資質と能力と言換えて良いかと思います。

信・精進・念・定・慧　の五つをいい、
信　：信念
精進：反復
念　：思念
定　：禅定
慧　：智慧

信根・信力
如来の智慧（真理の法）を信じる。法は世尊により善く説かれた、それは現に証明できるもの、今此処で果報があるもの、涅槃に導くもの、智者が自ら知るべきことである。

仏陀を思念する、真理（法）を思念する、聖者（僧）を思念することによって、信念確信を得る。これを信根という。

精進根・精進力
よく精進に住して、諸々の善からぬことを断ち、諸々の善きことを身に付けるために努め、不屈の努力をかさねて、善きことのための重荷を投げ出すことがない。

四正勤によって精進を得る。これを精進根という。
悪を離れ、善きことを繰返し持続する。

１）今生じていない悪（貪、瞋、痴）は生じないように決意して、只ひたすら行い、注意深く努力する。
２）既に生じた悪（貪、瞋、痴）は無くそうと決意して、只ひたすら行い、注意深く努力する。
３）今生じていない善（戒、定、慧）を行うことを決意して、只ひたすら行い、注意深く努力する。
４）既に生じている善（戒、定、慧）を安定させ、忘れず、ますます修習して、完成させたいと決意して、只ひたすら行い、注意深く努力することである。

念根・念力
よく心に止めて忘れず、最高の思慮分別を持ち、久しい以前に為されたこと、久しい以前に説かれたことをも憶念し、あるいは思い起こす。
四念処によって念を得る。これを念根という。

注意深さと、思慮深さである。それは、心が常に目覚めていることであり、想いを絶えず監視していることである。

「今、此処、私」への正しい観察自覚（正念正智）。「今、此処、私」への無自覚を離れ、観察自覚に専念する。

今に気付いていること、今此処、この瞬間を知ることである（正念正智）。

熱心に気を付けて身を観察し、自覚して、執着と不満と妄想を離れる。
我身に於いて身というものを細かく観察する。熱心に、よく気を付け、注意深く観察し、それによってこの世間の貪りと憂いとを調伏して住する。
熱心に気を付けて受を観察し、自覚して、執着と不満と妄想を離れる。
我感覚に於いて感覚というものを細かく観察する。熱心に、よく気を付け、注意深く観察し、それによってこの世間の貪りと憂いとを調伏して住する。
熱心に気を付けて心を観察し、自覚して、執着と不満と妄想を離れる。
我心に於いて心というものを細かく観察する。熱心に、よく気を付け、注意深く観察し、それによってこの世間の貪りと憂いとを調伏して住する。
熱心に気を付けて法を観察し、自覚して、執着と不満と妄想を離れる。
この存在に於いて存在というものを細かく観察する。熱心に、よく気を付け、注意深く観察し、それによってこの世間の貪りと憂いとを調伏して住することである。

定根・定力
よく心は平等にして、執着することがなく、心を散動させずに、一境に集中することを得る。

捨断（集中）によって心の静止を得る。これを定根という。

善い行いと考えに没頭するように、心を訓練することである。
感官を守り正念正智にして満足を知り、心を安定させること、執着と不満と妄想の無自覚を離れる。

あらゆる欲望を離れ、あらゆる善くないことを離れ、まだ対象に心を引かれながらも、それから離れることに喜びと楽しみを感じる状態に到達する。これを初禅を実現して住するという。

だが、やがて、その対象に引かれる心も静まり、想いは清らかにして心は統一して、何物にも心を引かれることなく、只三昧より生じた喜びと楽しみのみ状態に至る。これを第二禅を実現して住するという。

さらに、その喜びをも離れ、内心平等にして執着無く、只念があり、智恵があり、楽しみがあるのみの状態に至る。これを、聖者達は、捨あり、念ありて、楽住するという。これを第三禅を実現して住するという。

さらにまた、楽をも苦をも断ずる。先に、既に喜びも憂いも滅したのであるから、今や、不苦、不楽にして、只、捨あり、念ありて、清浄なる状態に至る。これを第四禅を実現して住するというのである

慧根・慧力
智慧ありて、聖にして透徹、よく消滅の跡を知り、苦の滅尽に至ることを得る。
信ある聖弟子は、繰返し繰返し精進し、繰返し繰返し憶念し、繰返し繰返し心を調え、繰返し繰返し識別し、深い信を得る。

智慧によって選択決定し、正しい理解を得る。これを慧根という。]]></description>
</item>

<item>
<title>四如意足 四神足：仏教：開運金華</title>
<link>http://joju.joju.xyz/%E4%BB%8F%E6%95%99/0008.html</link>
<description><![CDATA[四如意足 四神足
四如意足あるいは四神足については、教典の記述が少なく、内容も理解しがたいことを書かれていますので、私ごときにはとうてい解明できないもののようです。

できる限り書籍等で調べていますが、私の納得できる内容は殆ど見ることができません。

最近思い出したのですが、密教の事相が四神足・四如意足だと言われています。
密教の事相について解説されていた書籍で相当前に読んでいました。
密教の事相はイメージと思念を繰り返して、仏陀と一体化する行法と言い換えることができますので、四神足・四如意足というものはイメージや思念を重要視していることが推測されます。

ザ・シークレット等で有名になった引き寄せの法則あるいは潜在意識の法則等といわれている成功法則と同じことでした。
その成功法則を仏陀を対象にして集中していく方法が四つの如意足（神足）でした。


その前提で四如意足・四神足の文献を読んでみると、ぼんやりとでもその内容が解ってくるような気がします。

欲如意足（欲三昧勤行成就如意足・欲三摩地勤行成就の神足）
欲求に対して、意のままに集中統一し、実践する。

欲（志向）によって心の静止を得たら、欲三摩地という。四正勤の実践を勤行という。

私は欲（志向思念・意志力）を修習して、怠けること無く努力しすぎること無く眠り込まないように五感に反応しないようにして、只、志向し続ける。

脳天から足の裏まで観察して、身口意の三行によって昼にも夜にも修習する。このように広々とした大空のような心で、太陽のような光明想を思い描く。

精進如意足（勤三昧勤行成就如意足・勤三摩地勤行成就の神足）
精進に対して、意のままに集中統一し、実践する

勤（実行力）によって心の静止を得たら、勤三摩地という。四正勤の実践を勤行という。

私は為すべきことを実行して、怠けること無く努力しすぎること無く眠り込まないように五感に反応しないようにして、只、実行し続ける。

脳天から足の裏まで観察して、身口意の三行によって昼にも夜にも修習する。このように広々とした大空のような心で、太陽のような光明想を思い描く。

心如意足（心（念）三昧勤行成就如意足・心三摩地勤行成就の神足）
思索に対して、意のままに集中統一し、実践する

心（集中力）によって心の静止を得たら、心三摩地という。四正勤の実践を勤行という。

私は心に想像して、怠けること無く努力しすぎること無く眠り込まないように五感に反応しないようにして、只、心に想像し続ける。

脳天から足の裏まで観察して、身口意の三行によって昼にも夜にも修習する。このように広々とした大空のような心で、太陽のような光明想を思い描く。

観如意足（観三昧勤行成就如意足・観三摩地勤行成就の神足）
観慧に対して、意のままに集中統一し、実践する

観（観察力・自覚）によって心の静止を得たら、観三摩地という。四正勤の実践を勤行という。

私は全てを観察自覚して、怠けること無く努力しすぎること無く眠り込まないように五感に反応しないようにして、只、観察自覚し続ける。

脳天から足の裏まで観察して、身口意の三行によって昼にも夜にも修習する。このように広々とした大空のような心で、太陽のような光明想を思い描く。]]></description>
</item>

<item>
<title>四正勤 精進：仏教：開運金華</title>
<link>http://joju.joju.xyz/%E4%BB%8F%E6%95%99/0007.html</link>
<description><![CDATA[四正勤（正しい努力）　不善を断ち　善を起す
断断
悪・不善を断滅するように、意志を起し、努力し、精励し、心をはげまして立ち向かう。
すでに生じている悪業を無くそうと決意して、それを熱心に注意深く実行して行くこと。


律儀断
悪・不善を生じないように、意志を起し、努力し、精励し、心をはげまして立ち向かう。
新たな悪業は為さないと決意して、それを熱心に注意深く実行していくこと。


修断
善・善行を生じるように、意志を起し、努力し、精励し、心をはげまして立ち向かう。
未だ生じていない善業を為そうと決意して、それを熱心に注意深く実行して行くこと。


随護断
善・善行を安定・持続させるように、意志を起し、努力し、精励し、心をはげまして立ち向かう。
すでに生じている善業を定着させようと決意して、それを熱心に注意深く実行して行くこと。

四正勤は仏道の根本
これは誰が読んでも納得できる内容だと思いますが、簡単すぎて実修するのは非常に難しい内容だと思います。
これが実現できた段階で仏陀である。という経文を読んだ記憶があります。それだけ高度な状態まで高めなさいということでしょう。

反省の習慣を持つ
先ずは、自分の行為を注意深く見守り反省しなさい。
反省して、それが善くないものだと知ったなら、中止しなさい。
反省して、それが善いものだと知ったなら、実行しなさい。

次に、自分の言葉を注意深く見守り反省しなさい。
反省して、それが善くないものだと知ったなら、中止しなさい。
反省して、それが善いものだと知ったなら、実行しなさい。

次に、自分の精神を注意深く見守り反省しなさい。
反省して、それが善くないものだと知ったなら、中止しなさい。
反省して、それが善いものだと知ったなら、実行しなさい。

自分の悪い習慣を自覚し改善していくことです。
そのためには、注意深く見守り、気付いていることです。

十の戒律：正三業(正しい三業・身口意)
十戒

? 不殺生（非暴力）　生き物を殺さない（本来は非暴力、難しすぎるので非殺生としている）

? 不偸盗　与えられないものを盗らない

? 不邪淫　愛の無いセックスをしない

? 不妄語　嘘をつかない

? 不綺語　無駄口をきかない

? 不悪口　悪口を言わない

? 不両舌　陰口(仲違いさせること)は言わない

? 不慳貪　貪りを離れる

? 不瞋恚　怒り(瞋恚)を離れる

? 不邪見　これは 「私である」「私のものである」という間違った見解を離れる]]></description>
</item>

<item>
<title>四念処：仏教：開運金華</title>
<link>http://joju.joju.xyz/%E4%BB%8F%E6%95%99/0006.html</link>
<description><![CDATA[四念処とは
四念処を実修すれば、阿羅漢の完全智が得られるか、執着が残っても、この生存には戻らない不還が得られる。

四とは何か
此処に身体に於いて身体を観察して、熱心に正智正念にして、世間に対する貪欲と憂いとを制御する。

此処に感受(楽、苦、不苦不楽)に於いて感受(楽、苦、不苦不楽)を観察して、熱心に正智正念にして、世間に対する貪欲と憂いとを制御する。

此処に心に於いて心を観察して、熱心に正智正念にして、世間に対する貪欲と憂いとを制御する。

此処に法に於いて法を観察して、熱心に正智正念にして、世間に対する貪欲と憂いとを制御する。

身念処(安般念・呼吸の自覚)
独り坐って結跏趺坐して、身体を真っ直ぐに伸して坐る。
念を前方に集中する。

正念にして出息し、正念にして入息する。
長く息を吐きつつ、「私は長く息を吐いている」と知る。
長く息を吸いつつ、「私は長く息を吸っている」と知る。
短く息を吐きつつ、「私は短く息を吐いている」と知る。
短く息を吸いつつ、「私は短く息を吸っている」と知る。

「私は全身を感知して息を吐いている」と修習する。
「私は全身を感知して息を吸っている」と修習する。

「私は全身の活動を止息させて息を吐いている」と修習する。
「私は全身の活動を止息させて息を吸っている」と修習する。

身体について生起する性質を観察する。
身体について衰滅する性質を観察する。
身体について生記と衰滅の性質を交互に観察する。

そして、「身体がある」との念いに満たされたら、彼は依止するものもなく、世界について執着する何物もない。
このように身体に於いて身体を観察しなさい。

受念処（感覚の自覚）
快楽、苦痛、不苦不楽の三つの実感を観察する。

快楽を感じつつ、「私は快楽を感じている」と知る。

苦痛を感じつつ、「私は苦痛を感じている」と知る。

不苦不楽を感じつつ、「私は不苦不楽を感じている」と知る。

そして「実感があるとの念いに満たされたら、彼は依止するものもなく、世界について執着する何物もない。
このように実感に於いて実感を観察しなさい。

心念処（心の状態の自覚）
心の状態(感情想念)を観察する。

貪欲とは、執着、欲張り、貪り、等である。
瞋恚とは、怒り、憎しみ、恨み、等である。
愚痴とは、妄想、怠け、無自覚、等である。

執着しているとき、「心が執着している」と知る。

欲張っているとき、「心が欲張っている」と知る。

怒っているとき、「心に怒りがある」と知る。

妄想があるとき、「心に妄想がある」と知る。

想念があるとき、「心に想念がある」と知る。

そして「心があるとの念いに満たされたら、彼は依止するものもなく、世界について執着する何物もない。
このように心に於いて心を観察しなさい。

法念処（観念の自覚）
意識の対象(考え、想像)を観察する。

真理について考えているとき、「私は真理について考えている」と知る。

真理に基づいて考えているとき、「私は真理に基づいて考えている」と知る。

煩悩に基づいて考えているとき、「私は煩悩に基づいて考えている」と知る。

真理に基づいて想像しているとき、「私は真理に基づいて想像している」と知る。

煩悩に基づいて想像しているとき、「私は煩悩に基づいて想像している」と知る。

そして「法があるとの念いに満たされたら、彼は依止するものもなく、世界について執着する何物もない。
このように法に於いて法を観察しなさい。]]></description>
</item>

<item>
<title>縁起の法（十二縁起の法）：仏教：開運金華</title>
<link>http://joju.joju.xyz/%E4%BB%8F%E6%95%99/0005.html</link>
<description><![CDATA[老死苦悩、生、有、取、愛、受、触、六処、名色、識、行、無明。

無明、行、識、名色、六処、触、受、愛、取、有、生、老死苦悩。

無明とは
無自覚　苦についての無智・苦の生起についての無智・苦の滅尽についての無智・苦の滅尽に至る道についての無智

行とは
意志の動き　身口意における意志の動き

識とは
識別作用　眼耳鼻舌身意における識別する作用

名色とは
五蘊　受（感覚）・想（表象）・思（思惟）・触（接触）・作意（意志） 四大種（地・水・火・風）およびそれによってなる物

六処とは
六根六境によってなる認識　眼耳鼻舌身意の認識

触とは
接触　眼耳鼻舌身意による接触

受とは
感覚　眼耳鼻舌身意の接触による感覚

愛とは
渇愛　物（色）・声・香・味・感触・法に対する渇愛

取とは
執着 欲・見（見解）・戒（戒律）・我に対する執着

有とは
存在　欲界・色界・無色界における存在

生とは
生れてくること 生きていること

老死とは
年老いて死ぬ苦悩

もし我々が、何事をも思わず、何事をも企てず、何事をも案じることがなければ、識の存在する条件とはならない。
条件がないので、識は存続することができないのであり、存続し増長することがないので、未来に再び有を生じることがない。
新しい有を生じることがないので、老死も憂悲苦悩も生じることがない。
これが全ての苦の滅する所以である。

患観　「これはいけないぞ」と観る
患観・「これはいけないぞ」と観る
執着しているものを、「これはいけないぞ」と観ていると、その人は、愛着の念が滅する。
愛が滅すると取が滅する。有・生・老死
これが全ての苦の滅する所以である。

繋縛するものを、「これはいけないぞ」と観る。
見ること、聞くことについて、「これは危ないぞ」と観ていると、そこに愛が滅する。
愛が滅すると取が滅する。有・生・老死
これが全ての苦の滅する所以である。

この心とも呼ばれ、意とも呼ばれ、識とも呼ばれるものは、日ごと夜ごと転変して、生じては滅するものであるから、
弟子たちは、縁起を整然と思いめぐらすのである。「これがあるからこれがある」「これが生ずればこれが生じる」

縁起（生起）
縁起（生起）
私（仏陀）はこのように考えた、「何があるから（老死）があるのか」「何に縁って（老死）があるのか」
その時、正しい考え方によって、智慧による悟りが生れてきた。「（生）があるから（老死）がある」「（生）に縁って（老死）がある」と。
（老死、生、有、取、愛、受、触、六処、名色、識）順次進む。
この識はここより退く。名色を超えて進むことはない。人はその限りにおいて、老いてはまた生れ、衰えては死に、死んではまた再生するのである。

つまり、名色によって識があるのであり、識によって名色があるのである。
（識、名色、六処、触、受、愛、取、有、生、老死）順次進む。
これが全ての苦の集積のよりてなる所以である。これが生起であると。
今まで聞いたことがないことにおいて、眼を開き、智を生じ、慧を生じ、明を生じ、光を生じた。

縁滅（滅尽）
縁滅（滅尽）
私（仏陀）はこのように考えた、「何がなければ（老死）がないのか」「何を滅すれば（老死）滅するのか」
その時、正しい考え方によって、智慧による悟りが生れてきた。「（生）なければ（老死）がない」「（生）を滅すれば（老死）も滅する」と。
（老死、生、有、取、愛、受、触、六処、名色、識）順次進む。
これが全ての苦の集積のよりて滅する所以である。これが滅（滅尽）である。

内なる心の動きを省察する（内触法）
内なる心の動きを省察する（内触法）
世間の老死等の様々な苦は、何を因とし、何に縁って来たり、何に縁って生じ、何に縁って起こるだろうか。
「何があるから老死（苦悩）がるのか」「何がなければ老死（苦悩）はないのか」
我内なる心の動きを省察して、このように知る「これらの苦は、取（執着）を因とし、取に縁って来たり、取に縁って生じ、取に縁って起こる」
「取があるから老死（苦悩）がある」「取がなければ老死（苦悩）はない」と。
このように、老死を知り、老死の生起を知り、老死の滅尽を知り、老死の滅尽に至る道を知っているのである。これを法にかなって行ずるというのである。
また、正しい苦の滅尽、老死の滅尽にしたがって行ずるという。

（老死、生、有、取、愛、受、触、六処、名色、識）順次進む。]]></description>
</item>

<item>
<title>釈尊の目標は解脱：仏教：開運金華</title>
<link>http://joju.joju.xyz/%E4%BB%8F%E6%95%99/0004.html</link>
<description><![CDATA[釈尊にとって､大問題であったのは､生死の苦とこの世界からの解放､つまり出離(解脱)であった｡

縁起とは､苦の縁て起る原因を追究することである｡

｢これあるとき彼あり｣｢これ生ずれば彼生ず｣

｢これ無きとき彼無く｣｢これ滅すれば彼滅す｣

これによってあるという性質は､法として確立し､法として決定している｡このように縁起の理法は､永遠の法である｡釈尊は目の当りに覚り(現等覚)､目の当りに観ずる(現観)を得て､これを人々に教え､この理法を見よと言うのである｡

苦の終り
熱心に正念、善く戒を保て。

思惟によって心を沈め、善く己の心を守れ。

この法と律とに熱心に実行する者は、生の流転を捨てて、苦の終りを成すであろう。

四法
戒、定、慧、解脱の四法が仏道の根幹である。

聖なる戒を覚知し、通達し、聖なる定を覚知し、通達し、聖なる慧を覚知し、通達し、聖なる解脱を覚知し、通達して、生存への欲望は根絶せられ、生存に導く網は断ち切られて再生のあることはない。

戒と定と慧と解脱とは無上である。

最初説法においては、苦集滅道の四聖諦が説かれ、最後の涅槃時には、戒定慧解脱の四法が説かれている。（これに解脱知見を加えて五分ともいう）

善行
最高善に努力せよ。最善を修めよ。最高善に於いて、熱心に努力せよ。

苦悩の根絶こそが仏道の真の目的である。

仏陀は、目的に適わない、梵行の基礎にならない、厭離、離貪、滅尽、寂静、証智、正覚、涅槃に導かないことは、説かない(答えない)のである

仏道は、単なる知識、理論、学問ではない。

仏道は、苦に直面して、これを現実に克服する道を実行するための教えである。

煩悩の滅尽
煩悩の滅尽

滅尽の条件は、解脱である。

解脱の条件は、離貪である。

離貪の条件は、厭離である。

厭離の条件は、如実智見である。

如実智見の条件は、三昧（精神集中）である。

三昧の条件は、楽（楽しい）である。

楽の条件は、軽安（身心の安らぎ）である。

軽安の条件は、喜（喜び）である。

喜の条件は、悦（快感）である。

悦の条件は、信である。

信の条件は、苦である。

無明を余すところなく滅し尽くせば、それによってわが内に苦楽を生じる行為（言葉・意識）はなくなる。]]></description>
</item>

<item>
<title>正思惟 仏教の考え方：仏教：開運金華</title>
<link>http://joju.joju.xyz/%E4%BB%8F%E6%95%99/0003.html</link>
<description><![CDATA[思惟するときは、「これは苦なり」と思惟せよ。

「これは苦の生起なり」と思惟せよ。

「これは苦の滅尽なり」と思惟せよ。

「これは苦の滅尽に至る道なり」と思惟するがよい。

それらの思惟は、よく利益をもたらし、梵行の出発点となり、厭離・離貪・滅尽・寂静・証智・等覚・涅槃に役立つからである。

このゆえに、「これは苦なり」と勉励せよ。

「これは苦の生起なり」と勉励せよ。

「これは苦の滅尽なり」と勉励せよ。

「これは苦の滅尽に至る道なり」と勉励するのがよいのである。

仏陀
仏陀は､全てを捨て､欲望を滅尽して､解脱している｡

仏陀は､諸々の煩悩に打勝った者である｡

感覚的なこだわりを喜び､楽しんでいる者には､これによってあるという性質(縁起)の道理が見難く､また一切の執着を捨てること､欲望の滅尽､涅槃の道理(縁滅)が見難いのである｡

無智（愚痴）
このような愚かな思いを思惟するな。

「世間は常である」「世間は無常である」という。

あるいは、「世間は限りがある」「世間は無限である」といい。

「生命は身体である」「生命と身体は別である」という。

あるいは、「人は死後も存在する」「人は死後存在せず」といい。「人は死後存在し存在しない」「人は死後存在するでも存在しないでもない」という。

このような愚かなことを思惟しても、何の利益ももたらさず、梵行の出発点にもならず、厭離・離貪・滅尽・寂静・証智・等覚・涅槃に役立つものでもない。]]></description>
</item>

<item>
<title>四聖諦：仏教：開運金華</title>
<link>http://joju.joju.xyz/%E4%BB%8F%E6%95%99/0002.html</link>
<description><![CDATA[比丘たちよ、心静かに思索に努めよ。静かに思索するものは在るがままに了知する。

何を在るがままに了知するのであろうか、

「これは苦なり」と在るがままに了知する。

「これは苦の生起である」と在るがままに了知する。

「これは苦の滅尽なり」と在るがままに了知する。

「これは苦の滅尽に至る道である」と在るがままに了知するのである。

比丘たちよ、心静かに思索に努めよ。静かに思索するものは在るがままに了知する。

「これは苦なり」と勉励せよ。

「これは苦の生起なり」と勉励せよ。

「これは苦の滅尽なり」と勉励せよ。

「これは苦の滅尽に至る道である」と勉励せよ。

苦聖諦（世間の実相を見極める・四苦八苦）
人生の実相は苦であるという真理。これを苦諦と言う。四苦八苦である。

苦の聖諦とはこれである。
生は苦である。
老は苦である。
病は苦である。
死は苦である。
嘆き・悲しみ・憂い・悩みは苦である。

怨憎するものに遇うは苦である。（愛別離苦）
愛するものと別離するは苦である。（怨憎会苦）
求めて得ざるは苦である。（求不得苦）
心身に執着して起る苦しみである。（五取陰苦）
総じていえば、この人間の存在を構成するものは全て苦である。

苦の聖諦とはこれである。五つの人間の生活を構成する要素（五蘊）である。身体、感覚、想念（表象）、思考（意志）、記憶（意識）である。
・六処（眼・耳・鼻・舌・身体・意識）である。

集聖諦（苦の原因（集積）を見極める・執着）
この苦には原因(集)があるという真理。これを集諦と言う。縁起である。
人間の欲望(渇愛)がその原因である。(執着、愛着)

苦の生起の聖諦はこうである。迷いの生涯を引き起こし、喜びと貪りを伴い、あれへこれへと絡みつく渇愛がそれである。

すなわち、欲の渇愛（性的快楽への渇愛）。有の渇愛（生存への渇愛）。無有の渇愛（地位名誉・繁栄・富への渇愛）がそれである。

滅聖諦（苦の原因を滅尽する・離欲）
苦の原因である欲望を滅すれば、苦もまた滅尽出来るという真理、これを滅諦と言う。縁滅である。

苦の滅尽の聖諦はこうである。その渇愛を全て離れ滅して、捨てさり、振り切り、解脱して、執着なきに至るのである。

道聖諦（八正道）
苦の滅に至る道があるという真理、これを道諦と言う。八正道である。
この八正道は、、不苦不楽の中道とも言われる。
正しい見方、正しい考え、正しい言葉、正しい行い、正しい生活、正しい努力、正しい専念、正しい瞑想である。

苦の滅尽に至る道の聖諦はこうである。聖なる八支の道である。すなわち、正見・正思・正語・正業・正命・正精進・正念・正定である。

このゆえに、「これは苦なり」と勉励せよ。「これは苦の生起なり」と勉励せよ。「これは苦の滅尽なり」と勉励せよ。「これは苦の滅尽に至る道なり」と勉励するのがよいのである。

知見（正見・正知）
知る者、見る者における煩悩の滅尽を説くのであり。知らざる者、見ざる者においてではない。

「これは苦なり」と知る者、観る者に、煩悩の滅尽がある。

「これは苦の生起なり」と知る者、見る者に、煩悩の滅尽がある。

「これは苦の滅尽なり」と知る者、見る者に、煩悩の滅尽がある。

「これは苦の滅尽に至る道なり」と知る者、見る者に、煩悩の滅尽がある。

このように知る者、このように見る者に、煩悩の滅尽がある。

このゆえに、「これは苦なり」と勉励せよ。「これは苦の生起なり」と勉励せよ。「これは苦の滅尽なり」と勉励せよ。「これは苦の滅尽に至る道なり」と勉励するのがよいのである。

四諦と縁起の法
四諦の道理は、四苦八苦する人間苦の実相を見たならば、苦の原因を追究し、苦の原因をつきとめたならば、これを滅することによって苦を克服でき解脱することが出来ることを説く。縁起の理法と全く同じ理論で貫かれている。

真理を見る眼(法眼)が生じたら。「およそ集起する性のあるものは、全て滅する性のあるものである」と。

色(色、形あるもの)、受(感受作用)。想(表象作用)、行(意志作用)、識(識別作用)の五つ(五陰)について、無我、無常、苦、が説かれる。これによって五陰を厭い離れ、貪欲を離れれば、解脱するのである。

解脱すれば、「私は解脱した」という智が生じ、「生れることは尽きた、修行は完成された、為すべきことは成された、再びこの生存を受けることはない」と知るのである。

解脱したときには、はっきりと解脱の自覚が得られる。これは解脱の智であって、単なる信念とは異なる。

法眼を得て覚ったことと、苦の滅尽とは、同義ではない。出家しなくても法眼は得られる。法眼を得ただけでは、欲望は終息しない、この段階の人は、有学の知を得た者と言われる。

解脱には慧解脱(阿羅漢であり滅尽定を得ていない)と倶解脱(阿羅漢であり滅尽定を得ている)とがある。

仏陀の精神集中
仏陀は、真の精神集中と、真に正しい努力によって無常の解脱に達し、無常の解脱を実証した。

あなた方も、真の精神集中と、真に正しい努力によって無常の解脱に達し、無常の解脱を実証せよ。

初めも善く、中も善く、終りも善く、内容もあり文句も備わった教法を解き示せ。完全円満で清らかな修行を知らしめよ。

言葉は、真理理解のための通路であり、方便(近付くこと)である。]]></description>
</item>

<item>
<title>戒 定 慧の三学：仏教：開運金華</title>
<link>http://joju.joju.xyz/%E4%BB%8F%E6%95%99/0001.html</link>
<description><![CDATA[忍耐、堪忍は最上の苦行であり、涅槃は最勝である。
そしらず、害わず、戒律を守り、食事の節度を知り、一人離れて坐臥し、高度の思索に専念する。
これが諸仏の教えである。

戒
戒とは

身に於いて、一、暴力を離れて、二、与えられないものを盗ることを離れ、三、淫乱を離れることである。

言葉に於いて、一、嘘を離れ、二、陰口を離れ、三、悪口を離れ、四、無駄口を離れる。

心に於いて、一、執着を離れ、二、怒りを離れ、三、妄想を離れることである。

定
定とは

一、感官を守り、

二、正念正智にして、

三、満足を知ることによって、

心を安定させることである。

感官を守るとは

見えるものへの、執着、好みを離れる。

聞えるものへの、執着、好みを離れる。

臭いへの、執着、好みを離れる。

味への、執着、好みを離れる。

触れるものへの、執着、好みを離れる。

意識するものへの、執着、好みを離れる。

正念正智とは

歩きつつ、「歩いている」と知り、

立ちつつ、「立っている」と知り、

坐りつつ、「坐っている」と知り、

横になりつつ、「横になっている」と知り、

前を見つつ、「前を見ている」と知り、

後ろを見つつ、「後ろを見ている」と知り、

腕を曲げつつ、「腕を曲げている」と知り、

腕を伸しつつ、「腕を伸している」と知り、

食べつつ、「食べている」と知り、

噛みつつ、「噛んでいる」と知り、

味わいつつ、「味わっている」と知り、

大小便にも、行くにも、立つにも、坐るにも、眠るにも、覚めているときも、話すときも、黙っているときも、

その瞬間を知ることである。

満足を知るとは、身を包む服と、身を養うだけの食で、満足することである。

慧
慧とは

このように心定り、清まり、浄化され、汚れなく、煩悩を離れ、柔軟にして、適応性あり、しかも安定して、不動の状態にあるとき、智恵による洞察に心を向ける。

「この身は、色、形あるものであり、元素から成り、父母によって生れたもの、食物によって成長したものにすぎず、無常、破壊、粉砕、分裂、壊滅、の性質のものである。

そして、私の心は、これに依存し、これに執着している」

このように心定り、清まり、浄化され、汚れなく、煩悩を離れ、柔軟にして、適応性あり、しかも安定して、不動の状態にあるとき、想像力によって身体を創造することに心を向ける。

この身体からもう一つの完全円満なる身体を作り出す。

このように心定り、清まり、浄化され、汚れなく、煩悩を離れ、柔軟にして、適応性あり、しかも安定して、不動の状態にあるとき、様々な神通力(智慧)を得る。

このように心定り、清まり、浄化され、汚れなく、煩悩を離れ、柔軟にして、適応性あり、しかも安定して、不動の状態にあるとき、漏尽智に心を向ける。

「これは苦である」と如実に知り、「これは苦の原因(集)である」と如実に知り、「これは苦の滅である」と如実に知り、「これは苦の滅に至る道である」と如実に知る。

このように知り、このように見るから、その心は愛欲の汚れ(漏)から解脱し、存在の汚れから心が解脱し、無明の汚れから心が解脱し、「解脱において解脱した」との智慧が生じ、「生存は既に尽き、梵行は既に完成され、為すべきことは既に成され、もはや再生のあることがない」と知るのである。

慧(神通力)は、漏尽智を最高としている。漏尽智とは、四聖諦の理法によって解脱を得ることである。

在家信者の戒律（五戒）
不殺生　＝　生き物を殺さない

不偸盗　＝　与えられないものを盗らない

不邪淫　＝　愛の無いセックスをしない

不妄語　＝　嘘をつかない

不飲酒　＝　酒を飲まない（酒・麻薬・覚せい剤等）]]></description>
</item>

<item>
<title>潜在意識を活用する瞑想法２：潜在意識：開運金華</title>
<link>http://joju.joju.xyz/%E6%BD%9C%E5%9C%A8%E6%84%8F%E8%AD%98/0010.html</link>
<description><![CDATA[潜在意識を活用するために瞑想を実習することはとても効果のある方法です。
私は毎日実行しています。

先ず、潜在意識は眠っているような状態の時に最も活発に活動する性質を持っているので、
いかにして、目覚めた状態で眠っているような精神的、肉体的状態を作り出すのかが大きなテーマになっています。

昔から瞑想中の居眠りは、否定されていますが、私は居眠り瞑想的なものを肯定しています。

居眠りのような状態を意識的に作り出すことに成功すれば、潜在意識の活動を活発にしてある程度コントロールすることも可能になるはずです。

潜在意識をコントロールするというのは、イメージで自分の望んでいる状態を夢のように見て、体験することで可能になります。

実際に証明することは困難でしょうが、現実にそのような状態が現れてくる（現実のものになる）ことで、潜在意識を誘導できたと考えて良いと思っています。

瞑想で潜在意識を活発にして誘導するためには、居眠りのような状態で、夢を見るようにイメージして、その状態を自分が体験してしまうことで、驚くような現実を体験することが出来るでしょう。

そこで、否定的なことや破壊的なことなどはイメージしてはいけません。
また、心配なことをイメージすることも、深刻な状態を実現してしまう原因になることを理解してください。

つまり、潜在意識を活用するための瞑想では、自分にとっても他人にとっても都合の好いことだけをイメージすることが重要です。
誰にとっても良い結果を得られるようなイメージが最高です。]]></description>
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<title>潜在意識を活用する瞑想法：潜在意識：開運金華</title>
<link>http://joju.joju.xyz/%E6%BD%9C%E5%9C%A8%E6%84%8F%E8%AD%98/0009.html</link>
<description><![CDATA[目覚めているときに潜在意識に刻印しようとするときは瞑想しましょう。

瞑想で心を安定させて、眠りのように寛いだ状態を作ることができれば潜在意識の力を思い通りに誘導することもできるようになるでしょう。

私は良く居眠り瞑想のようなことをしていますが、気持は良いし、以前はその方法で色々な欲求を叶えていました。
潜在意識は居眠りでも瞑想でも関係ないかもしれません。

最近はそういうことはあまりしませんが、本当に効果がありました。

自分自身でビックリするくらいの効果を経験しています。

瞑想と居眠りの中間のような居眠り状態で理想の自分を意識的に想像するような感じです。
うまくいえませんが、居眠りの状態を受入れてそれを楽しむような心境でしょうか。

その他では、祈りも日常的に行っていた頃があり祈りの効果もものすごいものがありました。
潜在意識と祈りの関係を知る前のことだったので、潜在意識の法則を知ったときには納得できました。

それまではただ単に運が良いだけなんだと思っていたことが、実際には潜在意識の働きによって達成していたことに気付いたからです。

今では、瞑想や祈りを日常的な習慣にしています。

そして、全てに感謝してしまいましょう。初めに感謝してしまうんです。
良きことを求めるなら、感謝の気持を表現してみましょう。

潜在意識の法則では。行動よりも思考のほうが大切です。
つまり私たちの人生は「その人が考えた通りのものである」からです。

潜在意識の力と働きを心の底から信じ切ったとき、奇跡的なことが待っていると思います。]]></description>
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<title>潜在意識　眠りながら成功する：潜在意識：開運金華</title>
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<description><![CDATA[眠る前に今抱えている問題の解決に専念していると、眠りの中で解決することがあります。

潜在意識の智慧は、あなたが眠っている間に解決を見つけ、完全なる答えをあなたに示してくれます。
潜在意識を最も効果的に活用しようとするなら、眠る前に暗示を与えることです。

あなたは潜在意識を通じて夢を見ます。夢はあなたの潜在意識からのテレビ放送のようなものです。
夢の答を大切にしなさい。夢は最も深い悩みに回答を与えてくれるからです。
繰返し見る夢は必ず何らかの重要な意味を持っています。その夢の内容を良く考えてみましょう。

多くの人が夢で見た通りのことが実際に起きるのを体験しています。夢は決して絵空事ではなく、内的なシンボル的な表現なのです。

夢を見ても覚えていないことが多ければ、こう自分に語りかけるといいでしょう。「私は夢を覚えています」。そうすれば目覚めたとき夢を思い出すようになります。

夢は潜在意識の視覚化です。あなたが眠っている間も、潜在意識は眠らず活動を続けています。そしてあなたに象徴的に語りかけてくるのです。夢を信じれば夢から素晴らしい現実的な回答を得ることでしょう。

あなたは未来を現実に見ることができます。それは夢や幻となってあなたの前に現れます。それを信じれば本当の現実になります。

潜在意識を活用するためには、夢を見る状態、つまり眠っているときの暗示が最も効果的です。]]></description>
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<title>潜在意識は最高の秘密：潜在意識：開運金華</title>
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<description><![CDATA[潜在意識は最高の秘密です。
この世の中で最大の秘密は、神が一人一人の人間の中に住んでいるということです。

しかしほとんどの人は、富や成功や幸福や豊かさはほかのところにあると思い、それを求めてあくせくしながら、自分の中に求めようとしません。

神とは人間の内なる生命原理であり、無限の知性であり、無限の力であって、もし望むなら人間の思考という媒介を通じて全ての人がすぐにでも利用できるものなのです。

潜在意識があなたに何か信号を送るときは、あなたが寛ぎ、安らかな気分でいるときです。そういうときに意識の上にのぼってきます。だから寛ぐことはとても大切です。

催眠状態では顕在意識は休止した状態になり、潜在意識は施術者の暗示に従います。その場合、たとえ暗示の内容がどんなものであっても実現の方向へ作動をはじめます。潜在意識は一方通行であり、論議、考察、研究、差別、判断を一切しません。

潜在意識に願いを刻み付ける最良の時は就寝前です。

すなわちあなたが平和のうちに寛ぎ、静けさと深い眠りの準備が整ったときです。

あなたは眠りにつく前に潜在意識に働きかけて次のように指示することができます。

「私は今夜夢を見ます。その夢を朝思い出します。今私が抱えている問題の解決は夢の中で与えられます」。潜在意識はこの暗示をよく受け入れます。

誰でも一日一回は眠ります。この時間を大切にしなさい。就寝前の自己暗示は潜在意識によく刻印されます。]]></description>
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<title>潜在意識と祈り：潜在意識：開運金華</title>
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<description><![CDATA[潜在意識は祈りに良く反応します。特に潜在意識は寛いでいるときにこそ活発に働きます。

自分の欲求を、強制的に潜在意識に植付けようとしてはいけません。
それはあくまで寛ぎの気分のもとで、楽しく、そして必ずよい回答が得られるという確信のもとでやりましょう。

強制的にすることはかえってマイナスです、なぜなら自分自身で確信がもてないからです。
結果を求めるのに性急すぎるのです。
畑に種を蒔いて、すぐに収穫を求めるようなものです。
十分注意が必要な部分です。

そして、直感は潜在意識があなたに送る信号です、あなたの顕在意識がそれに同調できなくても、直感のほうが正しい場合が多いのです。

潜在意識を正しく活用するのに最も効果的な行為は祈りです。祈りは常に解決の第一歩です。

祈りによってあなたは神の方を向き、神はあなたに答えてくれるのです。

ここで言う神とは、信じられるもの、仏でも、大自然でも、宇宙の法則でも、自分自身でも、何であってもかまわない。ようするに信じきれる存在、あるいは偉大なる存在に祈るという行為が大切だということです。

祈るときは自我や自尊心を捨てて、理性と感覚が抵抗しあるいは否定したものを受け入れる心構えが必要です。

祈ることは非常に大切です。なぜなら祈りという行為は自分の思いを頭の中に描き、その実現を熱烈に願うことだからです。

これはまさに潜在意識に刻印することにほかなりません。

祈るとき、疑問や恐怖は全て捨て去ること、そうすれば祈りの効用は驚くほど早くやってきます。

疑問や恐怖によって祈りが逆効果になってしまいかねないので、自分の心を統御しましょう。]]></description>
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<title>潜在意識の力を引出すには：潜在意識：開運金華</title>
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<description><![CDATA[潜在意識の絶対的な力を発揮するためには、目標を明確にして潜在意識に引き渡す必要があります。

潜在意識レベルで、目的が明確になっていなければどうでもいいような現象しか現れてきません。

成功したければ自分自身の明確な欲求を知り、はっきりと（潜在意識に対して）宣言しましょう。

顕在意識は常に明確な決定をくだす必要があります。顕在意識がそうすれば潜在意識が自動的に回答を出してくれます。

明確な決定とは、意志であり目的を持つということです。意志も目的も無く、ただ潜在意識にぼんやりした目標を期待しても何も起こりません。

潜在意識は考えていることをそのまま受けいれます。
そして、多くの人が肯定したものを、無意識のうちに打ち消しています。
潜在意識を活用する上でこれが一番問題なのです。

一度肯定したら、その内容を反復しましょう、何度も何度も繰返し、目標を考え続けましょう。

反復を忘れると、反対概念が出てきたときに打ち消されてしまいます。
これが無意識の否定なのです。

否定的な考えを潜在意識に刻印したならば、否定的な現実を経験してしまうでしょう。

自分の欲求をしつこいくらい抱き続けた人こそが目的を達成するのです。

毎日繰返し潜在意識に刻印しましょう。
刻印する内容は、目的、目標を明確にして行いましょう。

それが何であれ、遅かれ早かれ潜在意識に刻印されたことは実現します。

潜在意識の法則を正しく使う方法を身に着けることが絶対に必要です。]]></description>
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<title>潜在意識 最大の敵：潜在意識：開運金華</title>
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<description><![CDATA[潜在意識の最大の敵は恐怖心です。潜在意識を活用したいと思うなら、心の中から先ず無用な恐怖心を取り去る必要がある。

思っている通りのことが起きるのであれば、恐怖によって恐怖しているものを呼び寄せることになってします。恐ろしいですね。

しかし、「良いことを考えればよいことが起きる」のですから、恐怖している反対の状況を考えていればいいことになります。

これは、最高の秘訣ともいえるものですね、自分自身の考えを誘導して幸せな人生を送りましょう。
潜在意識は常に私達が日常的に考えている内容に従って結果を表しますから、良いことだけを考えているような習慣を身につけましょう。

私もこのあたりは結構引っかかってしまったこともありますが、どんな状況でもやり直しはできます。
特に潜在意識の法則を知って、心の底から信じて潜在意識を誘導すれば思い通りの人生を送ることも可能なのです。

人には誰にでも平等に可能性があるんです、当り前ですが自分で自分の可能性を摘んでしまうような考えはすぐに切替えましょう。]]></description>
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<title>潜在意識を正しく働かせる：潜在意識：開運金華</title>
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<description><![CDATA[私たちの人生は、潜在意識に支配されていて、その潜在意識は私たちが日常的・習慣的に考えていることにに忠実に従って働いています。

「良いことを考えていれば良いことが起き、悪いことを考えていれば悪いことが起きる」
「自分の人生は自分の思い描いた通りになる」

マーフィー博士はこの法則を黄金律（ゴールデンルール）と名づけました。この法則を知り、上手に活用すれば、人は誰でも自分の人生を思い通りに生きることができるというのです。

黄金律とは、潜在意識から発する偉大な力、すなわち潜在能力のことです。黄金律（成功の法則）は人間に心があるのと同じように確実に存在します。
黄金律（成功の法則）の根底には潜在意識の働きがあります。それは宇宙の法則であり、誰でも自分の内に宇宙と同じくらい偉大なこの力を秘めているのです。

潜在能力、あるいは潜在意識というものは、キリスト教の神、仏教の仏、科学者のいう法則に匹敵するほど絶対的なものです。

潜在能力は誰にでもあり、それは自然が与えた最高の力です。あなたがそれを意識するとき、力は最高度に発揮されます。

潜在意識を正しく働かせるには、「自分の人生は自分の思い描いた通りになる」という永遠不変の法則を信じることです。

「良いことを思えば良いことが起き、悪いことを思えば悪いことが起きる」これが潜在意識の法則です。

そして、意識する心で何時も最善を期待し、自分で正しいと確信できる思考と行動をするように心がける必要がある。
「潜在意識が私に最善の状態を現す」という心境になることです。

心の底から潜在意識を信頼しきったとき、私たちの人生に奇跡的なことで満ち溢れてくるでしょう。考えているとおりの状況を無数に経験するはずですから。]]></description>
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<title>潜在意識 目的・目標を定着させる：潜在意識：開運金華</title>
<link>http://joju.joju.xyz/%E6%BD%9C%E5%9C%A8%E6%84%8F%E8%AD%98/0002.html</link>
<description><![CDATA[潜在意識にある思い（目的・目標）を定着させるには、一つのこと(目的・目標)を繰返し繰返し念い続けることです。

潜在意識は単純な言葉の繰返しでも本当のことだと思いこむことがあります。
ですから、自分に良くないことは考えてはいけません、「これから良いことが起る」と考えて目標を設定しましょう。

潜在意識を効果的に働かせるには、毎日のように、目標を変えていては上手く行かないでしょう、修正しながらでも、一定の目的・目標を潜在意識に定着させていきます。

自分が何をしているのか なぜぞんなことをしているのかを理解して行うテクニックや方法は 人生によきものを全て、潜在意識で具現出来るようにしてくれます。
実際には知らず知らずのうちに実行してそれなりの結果を受けている人が多くいます。ただ、知らずに実行している人の多くが悪い方にも潜在意識の力を働かせてしまっているものです。

ですから、目的と目標を設定して自己管理する必要があります。
私達は、自分が実現したいと思うことと、精神的にも、情緒的にも一つに成ればよいのです。

「否定的な言葉を最後まで言うな 直ぐにそれをひっくり返せ」
そうすればあなたの生活に奇跡が起こる。
これは、本当のことです。

これらは、ジョセフ・マーフィー博士の潜在意識の法則（成功の法則）を参考にしてます。]]></description>
</item>

<item>
<title>潜在意識　成功の法則：潜在意識：開運金華</title>
<link>http://joju.joju.xyz/%E6%BD%9C%E5%9C%A8%E6%84%8F%E8%AD%98/0001.html</link>
<description><![CDATA[思い通りの人生を生きたいと思いませんか？
その方法があるとしたら知りたいと思いませんか？

それがあるのです。
私の最も尊敬する潜在意識・成功法則の伝道者は「ジョセフ・マーフィー」師です。
ジョセフ・マーフィー師の残した書籍の数々は大変すばらしい内容です。

潜在意識の法則＝成功の法則について、詳細に解説されています、知っている人は多いと思いますが、まだ知らない人のために紹介します。

潜在意識の利用方法は最新の科学でも完全には解明できないものだと、それほど奥深く人間の生命の根幹に関係のあるものだと思います。
潜在意識の法則（成功の法則）を理解して、楽しい、幸せな人生を送りましょう。

潜在意識に目的・目標を明確にする一番始めに、目的・目標を明確にしましょう、それは、どんなことでもいいですから、恥ずかしがらずに、本心に忠実に目標を設定します。

目標を達成した状態を想像（イメージ・視覚化）して、楽しみます。これは、楽しいはずです、自分の欲求を満たした状態を想像するんですから。

これを、楽しく感じないのは、目標設定に問題がある可能性がありますよ。見直してみましょうね。

想像（イメージ）するのが苦手な人は、言葉で考えましょう、繰返し繰返し言葉で解説するように思いこむことです。

これだけでも、実際は想像（イメージ）してるはずですから、あまり気にせずに繰り返しましょう。

この、すでに成功している状態を想像（イメージ）する、あるいは、考えることが楽しくなってくると、潜在意識が働き出した一つの合図だと考えていいでしょう。]]></description>
</item>

<item>
<title>努力逆転の法則：自己暗示：開運金華</title>
<link>http://joju.joju.xyz/%E8%87%AA%E5%B7%B1%E6%9A%97%E7%A4%BA/0012.html</link>
<description><![CDATA[努力逆転の法則はエミール・クーエ師が提唱して有名になっていますが、日本ではあまり考えられていないようにも感じます。

努力逆転の法則とは
先ず、クーエ師は「意志力と想像力が相反した場合は想像力が勝つ」と断言しています。
これは、様々証明されているので、疑問の余地はないと思います。

次に、「意志の力で努力すればするほど想像力は強力になり、意志的努力とは反対の結果になる」といっています。
さらに、「意志の力と想像力が相反したときは想像力の強さは意志力の二乗に正比例する」ともいっています。
この二乗や正比例というのは数字的なものではなく、表現の方法ということですが、これらも実体験として経験されている人は多くいるのではないでしょうか。

例えば、人前で上がらないようにしようと努力すればするほど、あがってしまうとか。
うまくやろうと思えば思うほど、上手くいかない人とか。

では、努力しない方が良いのでしょうか。
自己暗示的には努力するよりも、想像力を働かせる方が効果的だといえます。
努力を避けなければ、自己暗示は逆効果になってしまう可能性があるからです。
それを努力逆転の法則といっているのですが。

自己暗示だけではなくても、努力逆転の法則が当てはまってしまう局面が多々あるように感じます。

一生懸命やっている人がいつもいい結果を出していて、いい加減そうに見える人がいつも悪い結果を出しているわけではありませんね。
そのあたりの違いに気付くことが出来れば、努力逆転の法則は避けることが出来るようになるかもしれません。]]></description>
</item>

<item>
<title>自己暗示 総論：自己暗示：開運金華</title>
<link>http://joju.joju.xyz/%E8%87%AA%E5%B7%B1%E6%9A%97%E7%A4%BA/0011.html</link>
<description><![CDATA[自己暗示は、療法でなくて健全な成長を保証する手段であることを理解しましょう。
自己暗示は、食事と同じように規則的に毎日実行することが必要です。

自己暗示の第一の仕事は、精神的障害を払いのけることです。
この仕事が達成すれば、人間の真の姿を現します。

どんな病気も、精神の作用によって強められるか弱められるのです。
心に病気のことをくよくよと思い悩ませて病気の進行を助け、我が身を損なうか、もしくは心に健康で力強い考えを絶えず流し込んで病気に立ち向かい、ついにそれを追い払うかのどちらかに傾かざるを得ないのです。

潜在意識の力は精神内部の考えを、自分自身や周囲の環境として現します。
自己暗示の仕事はその先にあります。

すなわち、精神内部の考えが望ましくないときは取り替え、望ましいときはさらに育むという手段を提供しています。

実際、自己暗示は善の理想を目指す力として、宗教と密接な関係にあります。
自己暗示は内的生活の原則を教え、潜在意識にこそ落着きと力と勇気の源泉があり、潜在意識を支配できた人は、どんな事態にも動ずることがないという真実を説いています。

これは、エミール・クーエの自己暗示に基づいた説明です。

ここまで読んでくださってありがとうございます。
自己暗示という書籍は私自身がもっとも影響を受けたといえる書籍の一冊で、今でも座右の書としてあります。
数十年前の書籍ですが真理は変わらないような気がします、時代とともに新たな発見があり表面的には変化しているように思いますが、本質はどれほどの変化があるのでしょうか。

「皆様に幸せな人生の道が開かれますように」]]></description>
</item>

<item>
<title>自己暗示と苦痛：自己暗示：開運金華</title>
<link>http://joju.joju.xyz/%E8%87%AA%E5%B7%B1%E6%9A%97%E7%A4%BA/0010.html</link>
<description><![CDATA[自己暗示で苦痛を取除くことは可能です。自己暗示と潜在意識の特質を利用することで可能性が広がります。

苦痛は注意力を独占してしまい、意識を敏感にするので、自己暗示をうまく誘導するのに必要な潜在意識の発露を妨げてしまいます。したがって、「無痛」という考えを潜在意識に伝えても、正反対の状態、つまり苦痛に圧倒されてしまうでしょう。

この困難を克服するには新しい方法が必要です。
ある考えを口にすれば、その考えは、口がそれを唱えている間に、必ず心を占有する。もしそれを考えていなければ、それを話すこともできない。続けざまに「痛くない」とくり返すことによって、その考えを心の中で更新するのです。

「痛くない」という言葉を非常に早くくり返して、反対の連想が介入しようとしても、その余裕を与えなければ、心は否が応でも「痛くない」と考えるしかないはずです。

潜在意識を表面化させて暗示をかけるというのが一般的な方法ですが、このような方法でも、同じ目的を達成できるのです。
つまり、ある考えが、反対の連想を呼び起さずに、心を占有してしまう状態を作れるのです。
これこそは、自己暗示を受容させる第一条件で、実際にこの手法によってのみ「痛くない」という考えの実現を潜在意識に強制して、苦痛を止めることができるのです。

歯痛や頭痛などの激しい苦痛に悩んでいるときは、座って目を閉じ、静かに、その苦痛をこれから取り除いてやると自らに保証する。
そっと手で患部をさすりながら、できるだけ早口に音を絶え間なく流すような調子で「消える、消える、・・・・・・消えた！」とくり返す。
およそ一分くらい深呼吸が必要になるまでぶっ続けに唱え、「きえた！」という言葉は一番最後のところで用いる。
以上のようにすれば、苦痛は完全に止まるか、少なくともかなりひくでしょう。

痛みが止まった場合は、もうぶり返すことはないという暗示を、痛みがひいただけの場合は、もうじき完全に止まってしまうという暗示を各々かける。
この方法を用いれば、誇張抜きにして、だいたいどんな苦痛でも支配できるはずです。

何度もくり返さなければならないときもあるでしょう。
しかし勇気を失わず、毅然として苦痛に立ち向かえば、きっと成功するでしょう。
「消える・・・消えた」「治る・・・治った」等でよいでしょう。

この方法は、心配、恐怖、意気消沈といった心の苦痛にも、同様の効力を生じます。この場合手でさする箇所は額です。

手の動きに必要以上の努力をはらってはいけません。
ただ苦痛が消えるという自己暗示を口早にくり返し、特定の箇所に引きつけるための手の動きだけが、必要な努力の全てです。

これは練習しだいでだんだんやさしくなってきて、自然とその状態になるはずです。そうなれば、潜在意識が自己暗示の効果を果たすのに必要な全ての調節を引き受けます。

この方法に熟達すれば、声に出さなくても、唇と舌で言葉を形作るだけで効果が現れるようになります。
しかし、初心者の場合は、当分の間、音声に頼るべきです。

苦痛や苦悩に打ちひしがれて、「消える、消える・・・・」という言葉をくり返すだけの気力もない場合は、努力は逆効果なので、力を抜いて楽にして、「痛い」「苦しい」という考えを一時放置しておきます。
そうしている間に、気力が湧いてきて、心が支配権を主張しはじめたら自己暗示をかけるようにする。

この方法は、苦痛を除去するだけではなく、苦痛の原因を改善することで、苦痛を取り除くことにもなります。

これは、エミール・クーエの自己暗示に基づいた説明です。]]></description>
</item>

<item>
<title>自己暗示 暗示文：自己暗示：開運金華</title>
<link>http://joju.joju.xyz/%E8%87%AA%E5%B7%B1%E6%9A%97%E7%A4%BA/0009.html</link>
<description><![CDATA[１）改善の即時開始。
２）迅速な進展。
３）完全かつ永続的な治癒。
という構成文を作るといいです。

一般暗示は、視覚や聴覚で感じない深層部で土台から改善する働きをする。
特殊暗示は、表面的で有益な作用をする。今ある苦痛や困難等に直接対応する。

苦痛を取り除こうとするときは、座って目を閉じ、冷静に、そして自信を持って、これからこの苦痛を取り除いてやることを自分自身に宣言する。
望む結果が得られたら、今回復した状態が永続的に続き、患部は正常な状態に回復して、健康な状態が続くとことを暗示する。

苦痛が軽くなっただけで完全に取り除けないときは、「もうだいぶ楽になってきた、もう少しで完全に治まるだろう」「私は正常な健康状態に回復して、その状態が永遠に続くでしょう」と暗示します。

難しいと思う仕事に取りかかるときは、それは易しいという暗示をかける必要がある。

目を閉じ、静かにこういう。
「私がするべき仕事はやさしい、まったくやさしい。やさしいから大丈夫できる。私はそれを手際よく、立派にやってしまうだろう。しかも、仕事を楽しんでやるから愉快になってきて、身も心も仕事にみごと調和して、結果は期待を上回りさえするでしょう」この考えに心を傾け、穏やかに、努力は避けながら、くり返し唱える。すぐに心は明るく澄んできて、希望と自信が溢れてくるでしょう。

それから進行方向を考え出す段階に入り、目的遂行に最も適した手段を心に練らせるのです。

同様に、意識的思考を続けても解決しそうもない問題を考え続けても無意味である。
このようなときは、「時が来れば最善の方法が明らかになる」というような暗示を与える。

眠る前に、目覚めたら難問題は解決されているだろうという自己暗示を積極的にかけるようにしよう。

目覚めたいと思う時刻を心の中で考えながら寝入るようにすれば、正確にその時間に目覚めるようになります。

睡眠を特殊暗示の実現に利用するときは、一般暗示を唱える直前か直後に、特殊暗示を付け加えるようにしましょう。一般暗示を省略して特殊暗示だけを唱えるのはよくない方法です。

特殊暗示の中に、一つの単語を静かにくり返す方法があります。これは明確な利点をもち、さらに効果的であります。精神が錯乱し、困惑していれば、座って目を閉じ、ゆっくりと反省的に「冷静」の一語をつぶやく。静かに長く引くような発音で、くり返すごとに休止をおく。
この単語を使う自己暗示は、どんな邪悪な感情に対しても有効です。正反対の美徳を表す単語によって鎮めることができるはずです。

その性質の如何を問わず、何か改善の必要を感じたときは、特殊暗示がやくにたつでしょう。しかし、特殊暗示は単なる補助手段であり、時間のないときは無視してかまいません。

これは、エミール・クーエの自己暗示に基づいた説明です。]]></description>
</item>

<item>
<title>自己暗示 特殊暗示：自己暗示：開運金華</title>
<link>http://joju.joju.xyz/%E8%87%AA%E5%B7%B1%E6%9A%97%E7%A4%BA/0008.html</link>
<description><![CDATA[自己暗示は特殊暗示によって、特定の目的を達成することもできます。

潜在意識の開眼は、精神的、肉体的統制を弛緩させ、心を自由に放浪させるとき、たとえば「沈思黙考」や「空想」にふけるようなときに、必ず生じるものです。
特殊暗示をかけるときは、先ず、この状態を実現しなければなりません。

特殊暗示をかけるには、先ず、目を閉じ、筋肉の力を抜いて、居眠りをしているような状態を作ります。

次に、言葉によって、自分の望んでいる考えを呼び出します。
「これこれの改善が起こるだろう」と、自分自身に告げます。
そのときに、注意力を向けようとか、心を押さえつけようとしてはいけません。

どんな努力もしてはいけない。
放置するしか方法はないのです。
あくまでも心を解放する。
解放した心に語りかける。
それだけです。

それ以外は無意識の心（潜在意識）に放任します。

暗示によって、改善しようとしている現状は、できるかぎり口にしないことも必要です。
取って代るべき正しい状態を表現することです。
どんな傷害でも、なるべくそれについては触れないようにして、注意力を健全な状態に向けるように工夫しましょう。

常に肯定的な考えを抱いて、希望は実現することを確信を持って断言し、希望を実現した状態を想像することです。

自分の望んでいる状態が、未来にあるような表現はしないようにする。
変化はすでに始まっていて、さらに速度を速めながら、目的達成の時まで進行し続けることを断言しましょう。

（現在進行形）あるいは（現在形）

これは、エミール・クーエの自己暗示に基づいた説明です。]]></description>
</item>

<item>
<title>自己暗示 一般暗示：自己暗示：開運金華</title>
<link>http://joju.joju.xyz/%E8%87%AA%E5%B7%B1%E6%9A%97%E7%A4%BA/0007.html</link>
<description><![CDATA[自己暗示に限らず、心がある完了した事実、つまり、実現された状態にとらわれていれば、潜在意識はその状態を生み出そうとします。

幸福のことを考えていれば幸福になり、健康のことを考えていれば健康になり、善行のことを考えていれば善人になります。

どんな考えでも、いつも心に根付いている考えは、現実の生活に実現される可能性があります。

自己暗示の方法はある意味とても簡単です。
理想の状態、目標、目的を考え続けるだけでいい。
そうすれば、潜在意識の作用で自分の気付かないうちに、自己暗示で指示した状態が実現されていきます。

個々の目標を設定して一つ一つに対して自己暗示を実行することも有効ですが、クーエ一門は自己暗示を簡易化して精神、肉体、道徳他の種類を問わず「毎日あらゆる面で好転してゆく」という考えを心に浸透させる一般公式を考案しました。
「私は毎日あらゆる面でますますよくなって行く」

無意識の扉が開いて、しかも自分の考えを意識的に誘導できる時間は睡眠の直前と直後であり、そのときに誘導された暗示は、より確実に受容されるはずです。
この瞬間こそ一般公式をくり返し唱えるのに最適なのです。

自己暗示は本来、他のどんな方法より簡単なものです。
その最大の敵は努力なのです。
暗示が簡単に自然にかかればかかるほど、それだけその作用も強力に深部にまで浸透します。

自己暗示は全ての人が日常的に行っている無意識的な精神作用です。
誘導自己暗示もその原型である無意識的自己暗示に近づけば近づくほど、さらに強力な効果が得られるのです。

自己暗示は意識と潜在意識がある考えの受容に協力し合うとき成功します。
潜在意識をより強力なパートナーと見なして、適正な受容状態をもたらす仕事は潜在意識の一存に任せなければなりません。
意識的に実行しようとすれば対立が始まります。

先ず、ひもを一本用意して、それに結び目を二十つけます。
その結び目を手繰って一般公式を二十回唱えます。
二十という数には意味はありません、ただそれくらい繰り返すのが適当だということです。

床に就いたら、目を閉じ、筋肉の力を抜き、楽な姿勢をとる。これは寝付く前に誰もがする予備行為です。

次に、ひもにつけて結び目を手繰りながら「私は毎日あらゆる面でますますよくなって行く」という一般暗示を二十回唱えます。

言葉は声に出して、自分に聞こえるくらいの声で唱える。
このようにすれば、その考えは、唇と舌、それと聴覚による印象でいっそう強められる。

無心に童謡を口ずさんでいる子どものように、単純な気持で努力せずに唱える。
そうすれば、潜在意識の活動を妨害する意識の批判機能を喚起せずにすむはずです。

自己暗示になれて自意識なしに唱えることができるようになったら、「あらゆる面で」という部分を音量を上げるか下げるかして強調する。

始めは強調しない方がよいだろう。煩雑になるだけだから。

特に重要なポイントは、自分が唱えていることについて考えたりしないで、精神を自由に放浪させることです。

暗示文を唱えて続けているならば、心がどこかさ迷っても、呼び戻したりしないことが重要です。
放置しておく方が、考えを呼び戻そうと努力するより効果的だからです。

「子供の気持で」暗示文をくり返し唱える方法は、子供心が残存している無意識の深層に誘導する最適な方法です。

絶対に守るべき規則は、「努力しない」ことです。
この規則を守っていれば、直感的に正しい受容態度を身につけることでしょう。

夜、眠る直前と、朝、目覚めた直後に、自己暗示をくり返しましょう。

信頼を込めて唱えることが大切です。
唱え終わったら意識の役割は果たされたので、後は無条件で潜在意識の働きに全てを委ねることです。

作物の種を蒔き、収穫を待つ農夫のようです。
種を蒔いて、毎日掘り起こして発育を確認する者はいません。愚かな行為です。
無意識の土壌に種を蒔いたら、芽を出し成育するまで見守ることです。
日々の散水や雑草の手入れは、毎日朝晩の誘導自己暗示だと考えてましょう。

信頼を込めて唱えることは効果を早める最良の肥料になるでしょう。
誘導自己暗示の力を奪うものは、ただ一つ、こんなことをしても効き目はないというような不審の念です。
不審の念を抱くかぎり、その事実によって、暗示の効果は消滅するでしょう。

朝晩に暗示文を二十回ずつ唱え続ける信頼を持てば、その結果は、やがて現れてくるでしょう。

これは、エミール・クーエの自己暗示に基づいた説明です。]]></description>
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<title>自己暗示の実践：自己暗示：開運金華</title>
<link>http://joju.joju.xyz/%E8%87%AA%E5%B7%B1%E6%9A%97%E7%A4%BA/0006.html</link>
<description><![CDATA[自己暗示の強力な効果をしれば、意識的であれ無意識的であれ自分に入ってくる様々な考えに対して、細心の注意を持って検閲をする必要を感じるでしょう。

今後は、健康、成功、美徳という考えを求め、日常会話で交わされる気の滅入るような話題、新聞雑誌に掲載される犯罪や災害等の話題には、用心深く対する必要があります。

困ったことをそのまま鵜呑みにせず、それを克服する最善の手段を探し求めるようにしましょう。
そうすれば、我々に勇気を起こさせるような目的が生じて、自分の意志力をその達成に用いることができます。

どんな場合でも、目的は、できるだけ早く苦悩を除去することでなければならなりません。
そして、それは悪い考えの受容を拒否し、精神的、道徳的均衡を保持することによって可能となります。
周囲からであれ、心の中からであれ、暗い考えに襲われたら、平等に他の明るい考えに注意を向けるようにします。

実際の病気にかかっている場合でも、できるだけ考えを病気に向けないようにします。
病気のことを考えても解決できない場合は、「必ず治る」「必ず良くなる」というような自己暗示でそれに対抗しよう。
そうすれば、病気の力を弱めて治療をはかどらせることができます。

破壊的な暗示の中でも恐怖が一番危険なものです。
何かを恐れると心が否定的な考えにこだわり、それにともなう感情を喚起しやすいので、著しく効果を強めてしまうのです。
恐怖は、自己暗示を極限まで働かせるのに必要な、全ての要素を結合させてしまうのです。

自己暗示による自己支配を知った人が先ず心から排除するべきものの一つは恐怖です。

他人の欠点や弱点にこだわらないようにしましょう。
他人の悪い部分に注意を向けていると、無意識的にそれを受容れ、自分自身の性格の中にそれを実現する危険が大きいのです。

他人の長所や美徳に注意を向けていると、同じ長所や美徳を自分自身の中にそれを生み出すことができるでしょう。

結果としての感情だけでなく、原因としての感情を理解することも重要です。

それは、幸福な感情は個人の生活状態から生じた結果であり、同時に、生活状態を作り出す原因でもあります。
先ず、心の中で幸福であることが先決なのです。
心が調和して健全であるとき、自分の能力を発揮し、精力的に活動し、最高の結果を期待できるでしょう。

これは、エミール・クーエの自己暗示に基づいた説明です。]]></description>
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<title>自己暗示 居眠り：自己暗示：開運金華</title>
<link>http://joju.joju.xyz/%E8%87%AA%E5%B7%B1%E6%9A%97%E7%A4%BA/0005.html</link>
<description><![CDATA[自己暗示は眠りにつく直前のうとうとした状態の時を利用して実行しましょう。
気持好い居眠りや夢見心地の瞬間が一番効果的といえます。

夜、床についたら、姿勢を楽にして筋肉を緩め目を閉じます。
自然に夢を見ているような半意識状態になってきます。

そのときに、自己暗示で潜在意識に望ましい考えを誘導してやれば、その考えは直ちに同類の考えと結びつき、それにともなう同質の感情を引きつけることになります。

このようにして、潜在意識はその考えを受容させられることになり、否応なしにその考えは自己暗示となります。

この自己暗示を繰り返すごとに、潜在意識への影響力は増してくるはずです。
自己暗示の内容に従った想像力や感情は強まって、そこから生じる自己暗示もさらに効果的になってくるということです。

この方法によって、抑圧的な連想を回避して、潜在意識に自己暗示を受容させることができるのです。

私たちの用いる道具は考えであり、成功に必要な条件は、意識している精神をなだめすかし、なかば寝付かせてしまうことです。
これが一番の秘訣といえます。

意志とある考えが対立するときは、必ずその考えの方が勝つ。
意志の力を奮い起こしても、その考えを克服するのは無理なのです。

成功は努力によってではなく、正しい考え方によって収められるのです。

「想像力と意志が対立しているとき、勝者は常に想像力の方である」
「意志と想像力が対立しているとき、想像力の強さは、意志の二乗に正比例する」

自己暗示を直接決定するのは、想像力ではなくて、想像している内容（イメージそのもの）、つまり考えである。（イメージする力ではなくて、イメージそのもの）

意志と想像力が調和しているときは、完全な状態に入れる。

以上のことから、自己暗示の実施において、努力することは致命的です。
自分に必要な考えで、心が満ち溢れているときにこそ、自己暗示は成功するのです。

努力をすればするほど、心はできるかぎりの逆連想を自動的に喚起して、目的をくつがえしてしまうでしょう。
自己暗示の最大の秘訣は「努力しない」ということです。

また、目的を果たすための方法をいちいち暗示する必要はありません。
目指す目的についての考えを心に満たしてやれば、潜在意識はそこにいたる最も容易な直線コースを敷いてくれるのです。

幸運は待つことを知る人のところへやってくる。
この待っている人が、正しい精神状態にあるかぎり、そのことは文字通り真実なのです。

成功の秘密は、成功を確信し、期待しているという事実にあるのです。

どんなことでも、成功を期待している人は、周囲の環境に対して無意識的に正しい態度をとり、一瞬のうちに消え去ってゆく機会でも、何気なくつかみ、精神内部の調和によって外部の環境を支配してしまうのです。

これは、エミール・クーエの自己暗示に基づいた説明です。]]></description>
</item>

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<title>自己暗示 考え：自己暗示：開運金華</title>
<link>http://joju.joju.xyz/%E8%87%AA%E5%B7%B1%E6%9A%97%E7%A4%BA/0004.html</link>
<description><![CDATA[自己暗示で潜在意識にある考えを受容させることができたら、その考えは自動的に実現されます。
そして、ある考えを潜在意識に受容させる方法が問題になります。

自己暗示に用いられるような考えは、すべて、健康、元気、成功といった我々の欲求と関連しているから、当然、強い感情をともなっているはずです。

その考えにともなう感情が強ければ強いほど、自己暗示の力もそれだけ強くなります。

ある考えが潜在意識に受容されるか排斥されるかは、その考えにともなって生じる連想によります。
言葉そのものというより、言葉から喚起される想像力に依存するといっても良いと思っています。

どんな考えでも、それと似通った同質の感情をともなった考えを呼び起した場合のみ受容されます。

逆にどんな考えでも、それと相反する考え、異質の感情をともなった考えを呼び起した場合には排斥される。
あるいは、逆の結果「努力逆転の法則」にはまってしまう場合もあります。

我々は意識と潜在意識の間を往復しながら生きているので、日常の生活をしている間は、ほとんど意識優位の状態で、睡眠時は潜在意識優位の状態でいるのです。
そして、潜在意識の働きの方が絶対的な力を持って働いているのです。
それは、生命活動と呼ばれているほとんど全てのことが無意識のうちに行われていることで理解できるでしょう。

意識的に調整できるのは、呼吸、意識の焦点（集中）、身体の動き（筋肉）等で、しかも、そのほとんどの部分が潜在意識の統御下に支配されています。

自己暗示で潜在意識に直接的に考えを植付ける最適なときは、居眠りのようにうつらうつらしたり、夢見心地だったり、音楽や絵に魅せられて空想にふけっているようなときです。

そして、自己暗示を誘導しやすい時は、眠りにつく直前と、目覚めた直後です。
意識した状態で潜在意識に近づけば近づくほど、実現したい考えを、それだけ容易に自己暗示できるはずです。

これは、エミール・クーエの自己暗示に基づいた説明です。]]></description>
</item>

<item>
<title>自己暗示の特質：自己暗示：開運金華</title>
<link>http://joju.joju.xyz/%E8%87%AA%E5%B7%B1%E6%9A%97%E7%A4%BA/0003.html</link>
<description><![CDATA[自己暗示はある考えが潜在意識に受容されないかぎりは、決して現実にはなりません。

自己暗示を用いて、潜在意識を誘導するには、自己暗示と潜在意識の関係を理解する必要があります。

潜在意識は、記憶の集積所で、ごく幼い頃から、いますごしたばかりの一時間にいたる印象の一切が、想像を絶する精密さで記録されています。

潜在意識は、また力の貯蔵庫でもあり、それは、本能的な感情の位置するところで、この感情こそ、我々の生命を躍動させる力となります。

そして潜在意識は、肉体機能を統御する働きをしています。
消化、吸収、血液循環、肺、心臓、腎臓、その他のあらゆる器官の働きが、潜在意識の作用で調節されているからです。

さらに、潜在意識は私達が眠っている間も正確に働いていて、むしろ意識が目覚めているときよりも活発に働いているといえます。
潜在意識に睡眠はないということです。

私達が意識する一切のものが潜在意識の中で準備されているように、意識する一切の考えは潜在意識に降りていき、一構成要素となって、潜在意識のエネルギーを用いながら、精神的、肉体的状態を監視したり、決定したりする役割を果たすのです。
それが健全なものであれば、良いのですが、病的なものであれば、困ったことになります。

このように、ある考えを潜在意識の構成要素に変形させてしまうことが、自己暗示といえます。
そして、これはごく普通の精神活動なのです。

肉体や精神に現れる全ての変化は、潜在意識に生じている考えと一致すのです。
それ以外のものは無いといわれています。

自己暗示によってある考えを潜在意識に与えても、それが潜在意識に受容されないかぎりは、決して現実にはならないということは重要なポイントです。

自己暗示や意識に入ってくる考えは、潜在意識によって受容れられたら必ず現実に変わり、今後の生活の中で永続的な要素となります。

健康、歓喜、美徳、能率についての考えを、意識一杯に満たして、潜在意識が問題なくそれを受容れるならば、その考えは現実となって、私達は本当に幸福な人生を送るようになるでしょう。

そして、潜在意識に考えを受容れさせるための方法が必要になるのです。

要約すると、自己暗示の課程は、
１）考えを受容れる。
２）その考えを現実に変える。

という二つの段階からなっている。

そしてこの二つの作用を行うのは潜在意識なのです。
その考えが、本人の心から出たものか、外部から提示されたものかは問題ではありません。

本質的には、どんな暗示（他者暗示・催眠）も自己暗示なのです。

これは、エミール・クーエの自己暗示に基づいた説明です。]]></description>
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<title>自己暗示 療法：自己暗示：開運金華</title>
<link>http://joju.joju.xyz/%E8%87%AA%E5%B7%B1%E6%9A%97%E7%A4%BA/0002.html</link>
<description><![CDATA[自己暗示療法は想像力（潜在意識）を信頼しなくてはいけません。
想像力は潜在意識の最も強力な能力といえます。

クーエは重病の患者にも「きっと好くなるから」といって彼を励まし、「貴方は、今まで、潜在意識に悪い種子を蒔いてきました。
これからは、好い種子を蒔きましょう。
悪い結果を生み出してきた力が、今後は逆に好い結果を生み出すのです」と説明していた。

自分の苦悩や病苦について延々と詳細に話すことは良くありません、「貴方は御自分の病気のことをあまり考えすぎるのです。
それでは新しい病気を作り出しているのですよ」と説明した。

クーエはどんな患者にも、自己暗示が必ず苦痛を取り除いてくれるだろうと説明しています。

「方法さえ理解すれば、自己暗示は簡単な作業で実行できるようになるでしょう」
「一生懸命悪い観念を無くそう、変えようと努力すればするほど、変えよう無くそうと思っている観念が強力になってきます」

「だから、気楽に、簡単に、努力しないで、悪い観念を変えて行きます」

「"そうしたい"と考えるのは思い違いです。"そうしたい"と貴方が言っても、潜在意識が"いや、それは無理です"と答えるでしょう」

「"そうしよう"と言いなさい。もしそれが、可能な範囲内にあるものなら、貴方はきっと成功するでしょう」

自己暗示で好転しないのは、意志の力でそれをしようと努力したためです。
貴方は意志ではなく、想像力（潜在意識）を信頼しなくてはいけません。
もう好くなったと思いなさい。そうすれば好くなるのですと説明しています。

自己暗示によって
?ある考えが精神を独占したら、その考えは実際に、肉体的あるいは精神的状態となって現れる。
?ある考えを意志の力で抑えようと努力すれば、その考えをますます強めてしまうだけです。

うまく暗示がかからない相手にも、クーエは微笑みながらいいます、
「私が言うことよりも、貴方の考えていることしだいで成否が決まるのです。貴方は何を考えていたのですか」

「どんなことでも、自分の思いこんだことが現実となるのです」
「さあ、私はできると考えなさい」

「私はできる」

一般暗示文：「私は毎日あらゆる面でますます良くなって行く」

これは、エミール・クーエの自己暗示に基づいた説明です。]]></description>
</item>

<item>
<title>自己暗示：自己暗示：開運金華</title>
<link>http://joju.joju.xyz/%E8%87%AA%E5%B7%B1%E6%9A%97%E7%A4%BA/0001.html</link>
<description><![CDATA[自己暗示は無意識的に日常的に行っている心理作用のようなもので、私達は、日常的に有害な暗示を取り入れている場合がほとんどです。

そのような障害が現象化している場合、それが無意識的な自己暗示の結果だとしても、想像力と結びついて強固な暗示になっています。

そういう強固な無意識的な自己暗示を、有益な好ましい自己暗示で打消してしまうのが、誘導自己暗示療法といっています。

もともと、病気や失敗そのものが無意識的な自己暗示の結果だとするなら、あとから移入される意識的な自己暗示ももそれと変わりはなく強固に働くことは可能です。

ただ前者は知らず知らずに入り込んだ有害な自己暗示であり、後者は意識的に採り入れる有益な自己暗示にすぎない。

その自己暗示も結果を表す想像的言語で、有益な想像力で有害な想像力を取払うということになるということです。

すでに事実で裏付けられた有害で強固な無意識的自己暗示に、裏付けのない新しい意識的自己暗示が簡単に勝てるはずはない。

そのために「努力をさけよ」と強調されているのです。
無理に自己暗示を与えようとすれば私達は敗北するということで、ここでも無意識的自己暗示に近づけば近づくほど強力な自己暗示になるということです。

つまり、好ましい良い結果を強く想像できるような方法で有益な自己暗示を自然に取入れていこうとするのが、「誘導自己暗示療法」といえます。

これは、エミール・クーエの自己暗示に基づいた説明です。]]></description>
</item>

<item>
<title>断言法の効果：成功 法則：開運金華</title>
<link>http://joju.joju.xyz/%E6%88%90%E5%8A%9F+%E6%B3%95%E5%89%87/0010.html</link>
<description><![CDATA[断言法やリストアップ法の効果を気にしている人が多いですね。
これらは、実行することでしか効果を実感できませんから、人の体験談とかだけではね・・。

断言法にしてもリストアップ法にしても、自分で実行してみる方が絶対早く効果を確認できますよ。
誰かに効果があったからといって、あなたに効果があるとは限りませんし、誰かに効果がなくても、あなたには効果があるかもしれませんからね。

断言法はそれなりに時間が掛ったりしますけど、リストアップ法は自分の願いや目標を書き出すだけで良いですから、何でも良いので書いてみては？。

やり方が悪いから効果が出ないなんてことは、あまり考える必要もないレベルの方法ですからね。

注意点は、肯定的な言葉で書く。（否定的な言葉は使わない）。
これは、例えば、「病気が治る」ではなくて、「私は健康で、毎日が楽しい」みたいなことです。

同じ結果を表現するにしても、問題を否定する書き方は、その問題に焦点を当ててしまうからですね。
ですから、あなたが願うこと、そのものを表現するようにしましょうね。

今の状態がどうであっても、目標とする状態を表現して書きましょう。

人に見せるものではありませんから、恥ずかしがらずに、自分の本心を書きだして良いんです。

後は、そんなに気にすることはないかな。


断言法では、現在形で表現する方が良いですね。
「私～は幸せなお金持ちです」のようにね。
成功法則 断言法
そうなりたい、ではなくて、そうなります。という断言をするから断言法なんですね。
でも、それよりも、すでになっています。のような断言の方が私は好きですけど。

それくらいですかね。あまり気にするよりも、とりあえず実行することを進めします。

早ければ数日で変化を実感できるものがありますからね。きっと。(^o^)。]]></description>
</item>

<item>
<title>感情が現実を引き寄せる：成功 法則：開運金華</title>
<link>http://joju.joju.xyz/%E6%88%90%E5%8A%9F+%E6%B3%95%E5%89%87/0009.html</link>
<description><![CDATA[感情が現実を引き寄せいているというのが、引き寄せの法則の秘訣といえますが、感情をコントロールするのはかなり難しいことです。

では、どうすれば感情を上手くコントロールして願っている状況を引き寄せるのかといえば、感情を手放すことが一番簡単な方法だと思います。

これは、セドナメソッド（解放の法則）といわれる方法で、簡単でものすごい効果が実感できるものです。
瞑想的な方法なので、じっとして心をコントロールするのが苦手な人には向かないかもしれませんが、実行してみることをお勧めします。

「今、何を感じている？」というような自問をしていくだけの方法ですが、この、自問から「その感情（気持ち）を手放せる？」と進んでいくと、驚くような変化を実感できるかもしれません。

引き寄せの法則だけでは上手くいかなかった人も、感情を解放することで願いが引き寄せられる可能性があります。


考えや感情を向けていることが引き寄せられるのですが、良くない感情がなかなか消せないと感じる人は、感情を手放すことをお勧めします。

感情をコントロールするのではなくて、手放して解放するのですから、手放すことを意識すること以外は自然にしていればいいのですからね。

、セドナメソッド（解放の法則）は本当に効果を感じることができますよ。]]></description>
</item>

<item>
<title>その気になれれば成功する：成功 法則：開運金華</title>
<link>http://joju.joju.xyz/%E6%88%90%E5%8A%9F+%E6%B3%95%E5%89%87/0008.html</link>
<description><![CDATA[その気になれば成功するといえます。
ここでいうその気とは、理想の自分になっているような気持ちで、すでに成功している自分になりきることが大切です。

不思議に物事を上手くこなしている人に多く感じるのは、自信を持っているということではないでしょうか。
上手くいかない人は「彼らは出来るが自分には出来ない」と考えているようです。
ですが、誰にでも同じ可能性があり、能力にも大きな違いがあるわけではないといわれます。

能力の差で出来る出来ないが決まるよりも、心構え（気の持ちよう）で結果が左右されることの方が多いのです。
同じ事を実行するのであれば、その気になって実行する方が成功する可能性が大きくなります。

これは、日常的な考え方から変えていくべきなのですが、始めは意識的に自分自身の考えを変えていく必要があります。
周囲の言葉を気にし続けていては、なかなか思い通りの人生を手に入れることは出来ません。

自分が信じる道を進みましょう。
そして、理想の自分になっている気になって行動してみましょう。

自分自身の考えが現実のものになる、そのことを経験するときがきっとくるはずです。]]></description>
</item>

<item>
<title>成功する思い込み：成功 法則：開運金華</title>
<link>http://joju.joju.xyz/%E6%88%90%E5%8A%9F+%E6%B3%95%E5%89%87/0007.html</link>
<description><![CDATA[成功するつもりで思い込んでもなかなか成功できないという人がいます。
実は私もそういう時期がありました。
だいたいが、思い込むことで成功するつもりでいる段階で、成功した自分を思っていないといえます。

一生懸命思い込むことが先ず問題です。
かるい気持ちで繰り返し繰り返し思い続けることから始めましょう。
出来ても出来なくてもいいやというくらいのかるい気持ちが良いと思います。

なぜそんなことを書くかというと、一生懸命思い込もうとすることは、すでに「努力逆転の法則」にはまっている可能性があるからです。
気楽に楽しみながら思い浮かべることが最高の秘訣なのです。

そうです、自分の成功している情景を思っているのだから、そのとき（成功しているとき）の気分がわき上がってくるような高揚感があれば正解です。
毎日、そのような高揚感を感じながら「イメージ・ゲーム」のように続けていれば、ほとんどのことが現実になることを経験すると思います。

ですから、思っているときに楽しくもなく、気分も高揚しないようなら、自分自身の心の内で抵抗している部分があると思います。
逆のことやうまくいかないことを考えている可能性もあるので、要注意だと思います。

そんなときは、心から思わなくても、かるい気持ちで呪文のように「言葉で表現して」繰り返し唱えるようにしましょう。
効果は弱いですが、「努力逆転の法則」から逃れる可能性は高くなります。
一生懸命ではなく、適当に成功について考え、唱えましょう。

そうして、自分の成功している姿を楽しく思い浮かべられるようになったら、思いっきり楽しみながら、そのイメージで遊びましょう。

遊んでいるときのような楽しさや、ワクワクするような気分が味わえれば成功と言えます。
そのイメージした内容はいずれ現実ことになって、貴方の元に現れてくるでしょう。
楽しみながら繰り返すことが、成功への第一歩になるはずです。]]></description>
</item>

<item>
<title>断言法について：成功 法則：開運金華</title>
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<description><![CDATA[以前紹介した断言法ですが、内容によっては数日で効果が現れることがあります。
今まで自己暗示的な方法でうまく効果が出ていない人でも可能性が高いように感じます。

できるだけ毎日目標を書いてイメージすることだけを実行すればいいのですから、本当に簡単な方法です。

何かを信じるようにもいわれないですし、特に信じる必要もないということになっていますから、気楽に実行してダメ元でいいのではないでしょうか。

逆効果になったといっている人がいますが、本当に断言法の結果かどうかは微妙です。

ですが、効果がないと思う人や逆効果だと感じる人はやらない方がいいでしょう。


目標を達成している自分をイメージすることが秘訣なのですが、毎日目標を確認する意味で眺めるだけでも効果があります。


「私、開運金華は　～　します」]]></description>
</item>

<item>
<title>凡人の開運法：成功 法則：開運金華</title>
<link>http://joju.joju.xyz/%E6%88%90%E5%8A%9F+%E6%B3%95%E5%89%87/0005.html</link>
<description><![CDATA[私のような凡人が開運し幸運をつかむには、どうすればいいのでしょうか。
私の経験からいえば、自己暗示とイメージングしか効果は確認できませんでした。
というよりも、自己暗示とイメージングの効果は絶大と言っていいと思います。

学歴は中卒で中途入社の私が、今は10人以上の部下をあずかって所長職をやっています。

それが成功か？　といわれると考えますが、私としては一つの成功と考えています。
売り上げも利益率も右肩上がりの部署です。（特に私が入社してからの傾向です）

そして、一番感じるのが、自分の能力ではなく不思議な縁で今の自分があるということです。
もちろん若い頃から自己暗示やイメージングでの開運・幸運の方法を実行しているので、それらの効果で幸運が舞い込んでいると感じています。


ただし、何が幸福で何が開運かというのは、人それぞれで違うので、自分の一番求めることを明確にしていなければいけません。
それと、あまりにも身勝手なことを求めていると、その反動はかなり大きなことで戻ってきます。


ですから、自己暗示やイメージング等のテクニックを使用するときは、自分も良く他人にも良いことを願いましょう。

「人に為したことのみが自分に返ってくるのです」
これが、潜在意識の根底にある不思議な法則の一つです。
潜在意識の部分では自分も他人も平等で区別なく働くからです。

人のためになることを考えていると、自分のためになります。]]></description>
</item>

<item>
<title>開運の法則：成功 法則：開運金華</title>
<link>http://joju.joju.xyz/%E6%88%90%E5%8A%9F+%E6%B3%95%E5%89%87/0004.html</link>
<description><![CDATA[（開運の法則＝潜在意識の法則＝成功の法則）だと言えるでしょう。

開運することは自分自身の考え方を変えることと同じことで、自分が変わることもなく周囲が変化することはあり得ないと言われています。

それは、本当のことで、周囲ばかりに変化を期待していても結局何も変わらないという結果が残ってしまうのではありませんか。

まず、自分の心を良い方向へ変化させつつ物事に対処する必要があるということです。
それは、始めはつらいことのように感じるかもしれませんが、少しずつでも実行し続けることで、楽しみを見いだし、それを感じるようになれば、実際に運が開けて幸運を引き寄せることができるでしょう。

開運といい、幸運といっても自分の心の使い方、考え方の集積に他ならないと言うことは、先人方が繰り返し述べていることで、昔から変わらない真理といえるのではないでしょうか。

自分の考え方がまず良い考えで満ちあふれてくるような経験をするまで、周囲に劇的な変化を期待しすぎないように進めましょう。

開運や幸運はすぐそこにあります。

自分が変われば周囲が変わるのです。

自分の考えを常に点検して、正しい考えで心を満たすように工夫しましょう。
それが、最も早い開運法だと考えています。]]></description>
</item>

<item>
<title>徹底的に思い込む：成功 法則：開運金華</title>
<link>http://joju.joju.xyz/%E6%88%90%E5%8A%9F+%E6%B3%95%E5%89%87/0003.html</link>
<description><![CDATA[徹底的に思い込むことができれば、どんなことでも成就できるでしょう。
思い込んでいる信念と、反対の想念が入り込む余地がないほどに思い込むことができれば、その信念は成就するはずです。

達成できない目標はなくなってしまうかもしれません。

それほど、信念といわれる、心の働きは強力に働きます。
正しい信念を持ちましょう。反対の連想がなくなるまで、徹底的に思い込むことを繰り返しましょう。
それを、簡単に達成できる人もいるでしょうが、普通はかなり難しいことのはずです。

信念の力を信じて実行し続けることができれば、大概のことは達成されているでしょう。

はじめは、思い込むことを繰り返しましょう。結果を心配したり、失敗することを連想しているうちは、信念は根付いていません。
心の底から、できることを信じている状態が信念です。

微塵も失敗することは考えられなくなれば、すでに成功しているといえるはずです。

成功の種は信念です。
信念は徹底的に思い込むことで、心の中に根付いてくるものです。

簡単にはいかなくても、繰返し実行するだけの価値ある、最高の宝になるものです。

誰の心にもある、信念の種をまきましょう。

自分の心の訓練です。一番難しい部分になるかもしれませんが、その先には本当の幸せが待っています。]]></description>
</item>

<item>
<title>思い込むこと：成功 法則：開運金華</title>
<link>http://joju.joju.xyz/%E6%88%90%E5%8A%9F+%E6%B3%95%E5%89%87/0002.html</link>
<description><![CDATA[とにかく思い込むこと信じること（信念）で、それは現実のことになるというのは、成功法則の基本的な部分です。

それでは、どうのようにして思い込む（信じる）ことができるのか、それは繰返し繰返し思い込む（暗示する）ことです。

反発する心があると逆効果になってしまうといわれますが、それはそれで受け流すようにします、気に止めないようにしましょう。

逆の連想を気にしていると、それに力を与えていることと同じになってしまいますから、とにかく、そういう思いがあることに気づけたことを感謝して、自分の目的に心を向け続けます。

そうしているうちに、自然に目的について考えることができるようになってくるはずですから、逆の連想や周囲の反論は受け流すという心のテクニックが必要になります。

私の場合、目的の暗示や想像・イメージを実行しているときに、居眠りのように意識が飛び始めたときに特に反応が強く返ってくる場合が多いと思います。
そのときに、ふと我に返ってしまうのですが、そういう反覚醒状態が理想的な状態のように感じます。

ですが、なかなか意識的に作り出すことは困難を感じますので、私はただ暗示文等を機械的に繰り返しているような状態の時に、そのような状態になりやすいように感じます。

方法は旨く説明できませんが、あまり意識を強く持ちすぎるとうまくいかないので、決めたことを適当に繰り返すような、少しいい加減な気持ちで良いのではないかと思っています。]]></description>
</item>

<item>
<title>成功法則 断言法：成功 法則：開運金華</title>
<link>http://joju.joju.xyz/%E6%88%90%E5%8A%9F+%E6%B3%95%E5%89%87/0001.html</link>
<description><![CDATA[成功法則の断言法は以前からある成功法則をさらにシンプルにしたような感じでやりやすいと思います。
また、断言法では自己暗示の効果がかなり高まるように思います。
毎日同じ文言で書き続けるのが基本ですから、かなり効果的な自己暗示法になるでしょう。

一応方法を紹介しておきます
１、視覚化できる特定の目標を定めること。
２、一日一回、１５回続けて書き留めること。（断言する）
　　私、（自分の名前）は何々をする（得る。果す。成る）。

　・１５回に限定しなくても良い。
　・半信半疑でも構わない。
　・手書きが基本だが、タイプでも大丈夫ではないか。
　・お金がほしいのなら、「宝くじが当たる」などと可能性を限定しない方が良い。
　・「有名なミュージシャンになりたい」ではなく、「有名なミュージシャンになる」と書く。
　・中々叶わなくても弱気にならず、粛々と書き続ける。
　・途中の期間書くのを忘れてもかまわない、また再開して書き続ければいい。
　・特定の期日があること、例えば「今月末までに昇進する」といった断言をしないこと。

たったこれだけのことです。これは、簡単な割に効果的な方法なので是非実行しましょう。

私は、断言法そのものは最近知ったので実行してませんが、同じようなことは実行してきてます。
ここまで、シンプルな方法はやったことないんで、ちょっと試しにやってみようと思ってます。

当然、シンプルだけど潜在意識を誘導して一定の目的を達成する方法ってことは、内容を見れば解りますよね。

本当にシンプルです、おそらくポイントは視覚化することと毎日複数回書き続け断言することでしょう。
そのまま書いてあるといえばそうですが、これは潜在意識の法則に照らして考えてもかなり効果的な方法と思えます。

難しく考えずに、先ず実行してみましょう。]]></description>
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<title>神様の奇跡で開運：開運：開運金華</title>
<link>http://joju.joju.xyz/%E9%96%8B%E9%81%8B/0004.html</link>
<description><![CDATA[神様の奇跡が起きました。というアファメーションが効果的で人生全般に効果がある開運法です。
「神様の奇跡が起きました」を唱えると瞬間的に心が楽になるのを感じることができるでしょう。
（この神様は潜在意識のことで、特定の神様を祀っているわけではありません）

このアファメーションは本当に気持いいというか気分がよくなります。

私は神様の奇跡とホ・オ・ポノポノを組み合わせて使っていますが、なかなかいいように感じます。

神様という言葉に違和感がなければそのまま使えばいいでしょうし、神様の奇跡ではどうもという方は「素晴らしい奇跡」とか「幸せな奇跡」とかにしたらどうでしょうか。

全託する心境が重要なので、できるだけ自分以外の高次の存在に丸投げできるような言葉が良いでしょう。
それだけでも心は楽になってきますから、これは試してみることをお奨めします。

とくに悩みの中で喘いでいるような状況の方は開運のチャンスをつかむことができるかもしれません。
「神様の奇跡が起きました」という言葉が違和感なく心に流れ始めると本当に神様の奇跡のようなことが起こり始めます。
開運に限らず良縁成就や家内安全、あらゆる幸運に恵まれるようになるおまじないです。]]></description>
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<title>開運と心の状態：開運：開運金華</title>
<link>http://joju.joju.xyz/%E9%96%8B%E9%81%8B/0003.html</link>
<description><![CDATA[開運は心を変えることから始まるというのがこのサイトの方針です。
心（潜在意識）を変えれば現実が変わるので、自分が習慣的に考えていることを変えることが第一歩になります。

開運がうまく行かない人は、心（潜在意識）の改善がうまく行っていないということになります。
自分の心を再点検する必要があります。

心の状態（繰り返し考えていること）が潜在意識へ定着すると、それを実現するために強力に働き出します。
今現在に満足できない状況も自分の心の状態が投影されていると考えられるようになると、そこから改善が可能になります。

今に不満を感じている人は受け入れ難いことかもしれませんが、この心（潜在意識）の作用を信じるか理解しなければ、ここから先へは進めません。

今までと同じように習慣的な思考を繰り返していても、今より良くなる保証がないどころか潜在意識の法則で考えると、今と同じ状況が続くということになります。

今に満足できる方は今の習慣的な思考を継続していくことと、更に改選できれば良いと思います。

私たちの考えていることが、そのまま潜在意識へ浸透していくように定着して、その考えに従って現実が現れてくるのです。]]></description>
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<title>心を入換える：開運：開運金華</title>
<link>http://joju.joju.xyz/%E9%96%8B%E9%81%8B/0002.html</link>
<description><![CDATA[心を入換えることが、開運への近道だと感じています。
自分自身の心と向かい合って、開運できる心の状態を作り出すというのが一番確実のように感じます。

自己暗示や催眠でも良いのですが、自分の心の状態を受け入れて、それを改善することが一番簡単で確実のように思います。

これは、興味がなければまったく無意味なことになってしまう可能性がありますが、自分の心を入換える努力ほど大きな成果が出るものはないように感じています。

現象的な状況ばかりを見据えて運が良いとか悪いとか考えていても、それから先にはなかなか進まないものです。
それよりも、自分の心を反省して何時でも良い心でいる状況ができれば、自ずと減少も変化し始めます。

これは、一番安全で確実な開運法ではないでしょうか。
物を使ったり、周囲の状況を変えようとするよりも、自分自身の心を入換え、より良き思いで心を満たし続けることで、自然に周囲が良くなってきます。

必ず何らかの変化は現れてくるはずですから、それを期待して心を調えておきましょう。

良いことを思っていれば良いことが起こるのです。]]></description>
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<title>開運するには：開運：開運金華</title>
<link>http://joju.joju.xyz/%E9%96%8B%E9%81%8B/0001.html</link>
<description><![CDATA[開運法には様々な方法が伝わっていますが、そもそも、開運とは何なのでしょうか。
開運したいと考えていると言うことは、現在の自分に満足できないでいる状況を現しています。
ですが、開運するには風水やパワーストーン等に頼る前に、今の自分自身を受け入れる必要がありそうです。

開運法を追い求める前に、先ず今の現状を受入れ、そしてそれを改善することに集中するべきでしょう。

風水には不思議なパワーがあると伝わっていますが、私にはそれを確かめることができません。
中国の気の応用では風水やパワーストーンに神秘的な力が備わっていると言われています。

風水的に気の流を変えるようなことが実際にはできると言うことのようですが、現状を嫌っている状況では先に進むことが困難に思えます。

また、印鑑や家相なども私としてはあまり気にするつもりもありません。
ただ、方位・方角というのは何かありそうな気がしています。（これも風水的なことかも）

開運の絵画等は試したことがありますが、あまり変化は感じませんでした。
水晶等のパワーストーンも所持していますが、私が鈍感なせいかほとんどパワーを感じません。


ただ、掃除で開運できると言われている方法は納得できる部分があり、実際に効果があると実感しています。
そこで、掃除することと風水的なことは合致する可能性があるようにも思います。

昔からある色の財布を持つと金運が良くなるとか、蛇の皮を財布に入れておくとお金が入ってくる等は一通り実行していましたが、なかなか効果というのは感じられません。]]></description>
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<title>潜在意識は完璧：覚書：開運金華</title>
<link>http://joju.joju.xyz/%E8%A6%9A%E6%9B%B8/0002.html</link>
<description><![CDATA[「内なる神（潜在意識）は完全で完璧です」
最近はこの断言を多用しています。

「神が全てを行なっている」
と続けます。

この言葉で、心がスーッと楽になるのを感じます。
さらに続いて
「ありがとう。ごめんなさい。許してください。愛しています」
と唱えるのですが、「完全で完璧な神が全てを浄化している」と考えつつ唱えます。

これは、ポノの方法ですが、私は祈りのつもりで唱えています。

感謝、謝罪、許し、愛の言葉を唱えているので、最高の祈りだと思います。


最近は、神に委ねる。任せきるというのが分かりかけているように思いますし、心の安定度は増しています。

何が起きても、内なる神に向かって「ありがとう。ごめんなさい。許してください。愛しています」と唱えるだけですから・・・・。

これは、簡単で効果的な方法だと思います。


先ず、神（潜在意識）が完全で完璧だと肯定します。
次に、全ては神が行なっていると肯定します。
そして「ありがとう。ごめんなさい。許してください。愛しています」と唱えます。

人によっては「ごめんなさい。許してください」は否定的な印象だといわれ、除外した方がよいという意見もありますが、私は祈りには、謝罪と許しは必要だと考えています。

理由をあげれば、
人生に於いて一度も間違ったことがない人はいないでしょう。
一度も生き物を殺さなかった人はいないでしょう。虫等含めてです。
人を非難したり、疑ったりしたことがない人はいないでしょう。
等々、様々な罪を重ねて生きているはずだから・・・。

私はこれらを浄化しなければならないと考えています。
そして、謝罪と許しを祈る時、心はスーッと楽になります。

私の感じていることなので、人によって違いがあって当たり前ですね。]]></description>
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<title>四神足（四如意足）は潜在意識の法則：覚書：開運金華</title>
<link>http://joju.joju.xyz/%E8%A6%9A%E6%9B%B8/0001.html</link>
<description><![CDATA[四神足：四如意足といわれる実修法は潜在意識の法則や引き寄せの法則といわれている成功法則と同じものだったと確信できました。
相当以前からこの考えはあったのですが、仏教の欲求を否定する教義に囚われていて理解できませんでした。

最近になってザ・シークレットが話題になり読んでみたらその説明はまさしく四神足（四如意足）でした。
やはり四神足（四如意足）は潜在意識の活用法であり現代に伝わる成功法則と同義のものだったと理解できました。

ザ・シークレットでは
１）お願いする
２）信じる
３）受け取る
という３つのプロセスが書かれていますが、四神足の４つのプロセスとまったく同じことが書かれています。

このことからも引き寄せの法則や成功法則といわれているものと四神足は同じものだといえます。

宗教的な目的達成に使われていた四神足（四如意足）は仏教的な部分をそぎ落とせば間違いなく成功法則の引き寄せの法則（ザ・シークレット）と同じ部分が現れます。
さらに、ザ・シークレットから発展させていくとセドナメソッド等の心の中を浄化する？技法が開発されていますが、仏教やヨーガの瞑想法に酷似しているように感じます。

創始者がそれらの技法を知っていて応用したのかもしれませんし、最終的な真実は全て同じ所に行き着くともいえるでしょう。]]></description>
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<title>空とは：お説教：開運金華</title>
<link>http://joju.joju.xyz/%E3%81%8A%E8%AA%AC%E6%95%99/0007.html</link>
<description><![CDATA[空について最近職場で論義が生じているので、私としては遺憾ではあるのですがその時に思わず空について語ってしまうので、少しまとめてみました。

根本仏典を読んでいる限り、空とは「無常であり、苦であり、非我であるもの」と定義されているように思う。

例えば、このような問答が記載されています。
「肉体（色）は常住か？　あるいは、無常か？」　「無常です」
「では、無常である色は、喜び（の原因）か？　あるいは、苦しみ（の原因）か？」　「苦です」
「では、無常であり、苦であるものを、私である（我）とか、私のもの（我所）であるといえるか？」　「非我です」

「つまり、無常であり、苦であり、非我であるものは空である」
「空であるものに執着することにより、我々は苦しみを受けているのである」

というような論義がされています。
（最近教典を読んでいないので、記憶で記しています。時間のあるときに修正します）

私的には『空とは無常のこと』と考えても良いかと思っています。
変化消滅してしまうものは全て『空』である。

その空であるものを『自分である』とか『自分のものである』と考える（感じる）ことによって、私たちは苦しみを経験しているのだと、釈尊は説いていると思います。

それを理解し、それを見極めることが覚りであると、繰り返し説かれているのではないでしょうか。

私たちは本来が空、無、ゼロであるという考え方がありました。
この考え方によれば、すべてを手放して、空の状態になれば、完璧な自分が現れるといいます。

この考え方のほうが仏教的なようにも感じます。

また、この空という表現は、実践的な使い方です。

つまり、感情、思考、記憶のような精神的作用からの離脱を意味しているのです。

この状態を意識して、感情や思考や記憶を手放していくと、本当に空、無という心境を経験できます。

なぜ、そうなるのかは説明できませんが、そういうものだと思えれば、そうなります。

これは、心の不思議のひとつです。

何かを考えているのが心の本来の有り様なのでしょうが、空や無の概念を認識して、すべてを手放すことを意識しているだけで、その心境になれるのです。]]></description>
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<title>目的と目標：お説教：開運金華</title>
<link>http://joju.joju.xyz/%E3%81%8A%E8%AA%AC%E6%95%99/0006.html</link>
<description><![CDATA[何を行うにも、目的を明確にして目標を設定することがそれを達成するための最善の手順だと思うのですが、私の周囲にも漠然と行動しているものが多くいます。

彼らが何を考えて無目的とも思える行為を続けるのかが私には理解できないところです。


先ず、何かを行おうとするときには目的があるはずです。
その目的を明確にして、自分自身で把握しておかなければ、自分が何をしているかすら忘れてしまうでしょう。

私の記憶力の問題なのかもしれませんが、私自身は目的を意識し続けなければ、すぐに忘れてしまう方なので、必ず自分が行っていることの目的を意識するようにしています。

その上で目標を設定してとりあえず達成感を味わうようにしています。
私は目標は簡単に達成できるものから徐々に難しい目標を設定する方が良いと思っているので、比較的簡単な目標から取りかかることを実行しています。

少しずつでも自分の進歩が分かるような工夫も必要なので、身近な目標設定をした方が良いと思います。
そして、目標を設定するときに目的を理解していなければ目標すら決められないということになるはずです。


ですから、私としては目的と目標は一対のものだと考えているのです。

目的を達成するために、目標を立てるということです。
目標は目的を達成するための通過点ということがいえるでしょう。]]></description>
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<title>仏陀の法（意訳－般若心経のつもり）：お説教：開運金華</title>
<link>http://joju.joju.xyz/%E3%81%8A%E8%AA%AC%E6%95%99/0005.html</link>
<description><![CDATA[純粋な心の持ち主よ、よく聞きなさい。

　私たちは、今この瞬間にも、死に向って進んでいる者であり、すでに死につつあることを理解しなさい。

　私達のこの人生も、身体も、感覚も、感情も、思考も、記憶も、何一つとして思い通りに成るものではなく、死と共に全てを失ってしまうことを正しく理解しなさい。

　純粋な心の持ち主よ、私達の人生や、身体や、言葉や、意識を自分だと思い込むのは止めなさい。自分のものだと思い込むのは止めなさい。またその思い込みを捨てなさい。

　私達が思い通りにならないものを、自分だと錯覚し、自分のものだと誤解して、大変な苦しみを味わっていることを正しく理解しなさい。

　思い通りに成らないものは、自分ではないことをよく理解しなさい。
　そして、思い通りに成るものは、何一つとして有りえないことを正しく理解しなさい。

　純粋な心の持ち主よ、私達の人生は、生れに支配され、時間に支配され、死に支配されていることを理解しなさい。

　あなたは全てを思い通りにすることはできない。生れて来る時に両親を選ぶことはできない。あなたは時間を止めることも戻すこともできはしない。そして、死は必ず訪れる。あなたは死から逃れることはできない。それは時間の問題である。よく考えて、正しく理解しなさい。


　私達の身体は、生れに条件付けられ、老いに支配され、死によって奪い去られる。

　私達の感覚は、接触に縁って生じ、苦痛に支配され、楽しみはいずれ消えてしまう。

　私達の感情は、常に動きを止めず、貪欲になり、怒り、無意味なことを思い煩う。

　私達の思考は、すぐに感情に巻き込まれ、一つのことを考え続けることはできない。そして全てを　ありのままに正しく理解することはできない。

　私達の記憶は、曖昧であり、その全てを思い出すことはできない。そして間違った私という観念を作りあげている。

　これらを、自分だと思い込むのは止めなさい。自分のものだと思い込むのは止めなさい。そうしなければ、私たちは苦悩から解放されることはない。

　この正しい理解に縁ってのみ、私たちは解脱へと至ることができる。]]></description>
</item>

<item>
<title>全てを単純に信じてはいけない：お説教：開運金華</title>
<link>http://joju.joju.xyz/%E3%81%8A%E8%AA%AC%E6%95%99/0004.html</link>
<description><![CDATA[ここで言っている、私の考えが全て正しいと考えるのも問題です。
これは、私の経験に基づいた私の意見でありそれを取入れるのは自分自身の選択です。
これはあくまでも一つの意見です。


最初にこれを書いたときから、数年たちましたがノコ君は成長していません。
私としては社会人として何とか一人前にしたいと考え、毎日のように数時間掛けて話し合ってきましたが、ほとんど効果がありません。

もしも、ノコ君がこのページを見つけ読んだとしても、自分のことをかかれているとは感じないのでしょうね。

ハンドルネームは「金華」です。これはヒントですよ。
ノコ君が真剣に人生について、社会人としての姿勢について考えるならば、私を特定することができると思います。

私はいつもノコ君のそばにいます、ノコ君を見ています。それがプレッシャーになっているのも解っています。
ですが、ノコ君は私が面倒みなければ会社に居場所が無くなってしまいますよ。
これは、本当のことです。

がんばりましょう！]]></description>
</item>

<item>
<title>経験者に尋ねなさい（ノコ君へ３）：お説教：開運金華</title>
<link>http://joju.joju.xyz/%E3%81%8A%E8%AA%AC%E6%95%99/0003.html</link>
<description><![CDATA[実際に目的地に向かって進んでいます。地図を見ながらあるいは教わったメモを見て進んでいます。

　 順調に行けると思っていたのに、道を間違えてしまいました。自分では真直ぐ行くか、右に行くか、左に行くか、来た道を戻るか、地図を見ても決められません。

　そこに、ニコニコ気楽に話せそうな無知さんと、怖そうな話かけずらい知識さんがいました。あなたは無知さんに道を聞いて進み続けました。その結果正しい道には出られず、結局間違った地点まで戻ることになりました。数倍の時間をかけています。

　つまり、間違った相手に質問しても正しい成果は出ない。ノコ君はいつも表面的に優しい相手に質問して間違ったことをしている。また、どうでもいい強い口調の言葉に従ったり後でいいことを先にしたりと無駄な努力をし続けている。

　私は、どうでもいいことに口出しはしない。自分で考えて自分で進めるように見守っている。自分で考えなさい。物事の優先順位を決めなさい。

　そして、何よりもその道の経験者に尋ねなさい。ノコ君より先を進んでいる者は、どの道を進めば一番早いか知っているし、一番安全な道も知っている。また安全な道は人によっても違う場合があるのでその道の経験者に質問しなさい。

　なぜ人によって安全な道が違う場合があるのかというと、一人ずつ現在位置が違うからです。そして、誰が今どこにいるかを正確に把握できるのもその道を通過した経験者が一番よく理解しているはずです。がんばりましょう。]]></description>
</item>

<item>
<title>目的と目標を明確にしよう（ノコ君へ２）：お説教：開運金華</title>
<link>http://joju.joju.xyz/%E3%81%8A%E8%AA%AC%E6%95%99/0002.html</link>
<description><![CDATA[まず、目的と目標を明確にしよう。

例えば、ここから120㎞先の駅まで（初めての場所です）行くとしよう。

その時に自分がなんという駅に行くのか解らなければ出発すらできないはずである。
　自分が何のためにそれをやるのか、その目的を理解しなければ進むことはできません。進むということは目的に向かって進むと言うことです。

　つまり、目的を理解しないで、ただやれと言われたことを黙々と実行しているノコ君は真面目そうに見えるけど、実際には怠慢であると思う。目的を理解しなさい。臨機応変さを持ちなさい。


次に、目的の駅が解ったら、地図を見たり行ったことのある人に道順を聞いたりして正しい道順を知ろうとしますね。

　自分が進んで行く道筋が解らなければ途中で道に迷ってしまいます。だから途中に目印（目標）を作るね。新入道路を真直ぐ行って、報告交差点を右折して、嫌い班長道路を進んで、説教交差点を左折して・・・・・・・というように、ほとんどの人が、途中途中に目印（目標）を作っています。

　つまり、目標が無ければ自分がどこまで進んでいるか解らなくなってしまいますね。また、脇道にそれてしまっても次の目標地点が無ければ、正しい道に戻ることも難しいことです。

　だから、自分で目標を持ちなさい。目的地に向かう途中に目標を作りなさい。]]></description>
</item>

<item>
<title>ノコ君への言葉：お説教：開運金華</title>
<link>http://joju.joju.xyz/%E3%81%8A%E8%AA%AC%E6%95%99/0001.html</link>
<description><![CDATA[仕事における訓練（成長）と人生全般の訓練（成長）とはまったく同じだと思います。
人並みに上達するためには人並みに努力すれば必ず人並みには上達するはずです。
なぜなら、人の才能・素質というものは基本的に大差は無いと考えているからです。

何人かで同時にスタートして人よりも遅れてしまうのは

1.本人が努力していない
2.努力の仕方（方向性）が間違っている

この二つの内のどちらかのはずです。
この原因を自分で考え自分で理解しないかぎり先に進むことはできない。

ノコ君は社内でも素直であり真面目であるから自分では努力しているつもりであるにもかかわらず成果が出ないのは、人が見ていない所で怠けているか努力の方向性が間違っているはずです。

仕事における成長と人生（趣味）における成長とはまったく同じであり努力と工夫で必ず成長するものです。

目的や目標の無いままスタートしても進み続けることはできないだろう。]]></description>
</item>

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